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日本辺境論と放送禁止歌

内田 樹さんの「日本辺境論」を読んでいます。
とても面白い本です。日本人論としては、過去にルース・ベネディクの「菊と刀」も読みました。
あまり詳しくは覚えていませんが、世間体や外聞等のような所謂「恥の文化」と規定してあったように思います。

ところが最近、人間の集団が一定の意思を持つこと、そして集団の意思は誰にも意識されないがその集団を構成する個人の意思を超越するものであることを説いたともされ、非常に高い評価を与える意見もあるそうです。
それはともかく、「日本辺境論」の中に、こんな事が書いてありました。
引用します。

ほn

文中、丸山真男の「超国家主義の論理と心理」中でのさきの戦争に考究に触れ、

”「ナチスの指導者は今次の戦争について、その起因はともあれ、開戦への決断に関する明白な意識を持っているにちがいない。然るに我が国の場合はこれだけの大戦争を起こしながら、我こそ戦争を起こしたと言う意識がこれまでの所、どこにも見当たらないのである。何となく何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの驚くべき事態は何を意味するか。」”

これをお読みの貴兄にも、例えば勤め先の企業で、或いは地域社会でも、こんな体験はきっとおありだと思うのです。
これこそが、菊と刀で云うところの「人間の集団が一定の意思を持つこと、そして集団の意思は誰にも意識されないがその集団を構成する個人の意思を超越するもの。」なのではと思います。

話しは少しそれますが、私の若い頃には「放送禁止歌」と云うのが結構ありました。
ドキュメンタリー映画監督 森 達也さんがフジテレビ「NONFIX」で、1999年にこの放送禁止歌を採り上げています。

『「放送禁止歌」~歌っているのは誰?規制しているのは誰?~』と云う番組タイトルから、人間の集団が一定の意思を持つこと、そして集団の意思は誰にも意識されないがその集団を構成する個人の意思を超越するもの。」が垣間見えて来そうですが、まさにそのとおりになっています。
とにかく、このドキュメンタリーからも日本人とはなにかを考えさせられました。YouTubedeでは、6つのパートに
一体誰が、どのような基準で規制をしているのか、とくとご覧下さればさいわいです。












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