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神戸町歩き~神戸臨港線跡を歩く~

昨日は、深夜まで仕事で、とうとうブログを更新出来ませんでした。
一昨日は、知人と二人でカメラ持参で、一日神戸を歩いて来ました。
テーマは「神戸臨港線跡を尋ねて」です。

私は、和歌山生まれの大阪育ち、神戸は近い位置にあるのですが、知らない事が多いと思います。
知人は、神戸生まれの神戸育ちで52歳、お話しからも神戸が大好きだと強く感じる方です。
その方の案内で、1月19日(日)の午後から神戸臨港線跡を歩いてみました。
この方は、愛する神戸の移りゆく町並みを、沢山写真に撮られていて、今では非常に貴重な資料となり得る映像ばかりです。
そのアルバムを片手に当時の様子を語って頂き、私は当時と今とを比べる為にHD動画と写真を撮らせてもらいました。

神戸臨港線は、東海道本線の東灘信号場から分岐して国道2号線を跨いで神戸港駅へ単線で向かっていたそうで、
1907年が開業ですから、100年以上前に出来た鉄道です。
以来、2003年12月1日の東灘信号場 - 神戸港駅間 (3.4km)の廃止をもって幕を閉じるまで、神戸の街中を貨物列車が駆け抜けていたことになります。

私は、廃線跡に整備された遊歩道や、今は、高層マンションが建ち並び跡(灘駅南付近 - 東灘信号場間)面影が消えつつある景色を撮影しました。

又、国道2号線をまたぐ鉄橋は、そのまま活用し歩道橋に変わっているのにも驚きました。
自動車で通行する事の多い、歩道橋がまさか鉄橋だったとは思ってもみませんでした。

そして、私たちはHAT神戸に移動。奇しくも今日は阪神・淡路大震災から16年目ですが、私たちは震災復興住宅が建ち並ぶ場所に埋められている神戸臨港線の煉瓦作りの橋台付近を尋ねました。
2005/04/28の神戸新聞は、この神戸臨港線橋台が工事中に、古めかしい巨大な赤れんがの橋台が突然現れ、一年たたずに消えていった模様を伝えています。

港の変革 土中で支え

知人は、この橋台をビデオに撮っていました。



素人考えにも、この橋台、文化的価値が十分あるように思いますが、今はすべてが土中に眠っています。
後世の人たちが、いつか又、掘り返すかも知れませんが、いつまでも臨港線の歴史を伝えて欲しいと思います。

それから、当日私は、知人からこんな本を借りてきました。


しでっb

神戸市内を路面電車が走っていたころの町並みの写真がふんだんに掲載されています。
「諸行無常」、仏教用語で、この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいうそうですが、人も街もとどまること無く変わっていることを改めて感じた一日でした。

動画は、後日編集をして掲載します。

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