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2002年2月 旧福知山線廃線跡で見つけた謎のバスと建造物は??

ここのところ何かと忙しくて、ブログの更新が出来ずにいました。
さて、確か私が中学生のころだったかと思いますが、東大阪市の石切に「石切ヘルスセンター」という施設があり、お風呂(天然温泉ではなかったのかな?)と食事とショーが売り物の施設がありました。
自宅からどこかを経由して、石切行きのバスがあったような記憶があります。
田舎から親戚がやってくると、両親はときどき連れて行っていました。
お風呂好きな日本人には、40年以上前から、こんなレジャー施設がニーズとしてあったんですね。
その「石切ヘルスセンター」も原因が何かは知りませんが、大火で全焼してあえなく無くなってしまいました。私は、後に焼け跡を見に行きましたが、円形のステージが、まるで古代ローマの円形闘技場コロッセウムのように見えて、面白いと思いました。

さて、「旧福知山線廃線跡ハイキングコースもある種これに似たようなものだと思うのです。
実際に行ったことがない私が、あまりに有名なこのハイキングを解説出来ませんが、実は知人が8年前に行ったときの記録をVHS-Cカセットで撮影していました。

先般、それを借り受けてデジタル化して、本日その一部をYoutubeにアップしました。

旧福知山線は、尼崎~池田間で営業していた摂津鉄道の跡を継いだ阪鶴鉄道が、1899年(明治32年)に福知山まで延伸するために、武庫川渓谷沿いの生瀬~道場間は多くのトンネルを掘り、すさまじい難工事を経て敷設しています。
しかし開通から8年後の1907年(明治40年)鉄道国有法により、強制的に全線が国に買収され国有化されてしまいました。
そして80年近くの間、単線非電化のローカル線としての営業を続けていたのでした。

その後、沿線の発展、旅客の増加による複線電化の要望から、武庫川渓谷沿いの路線を諦め、生瀬~道場間に長大なトンネルを貫通させ、1986年(昭和61 年)8月に新線に切り替わり、旧線は廃線となりました。
普通なら廃線跡のトンネルは閉鎖され鉄橋は落とされるが、なぜか生瀬~武田尾間はレールが外されただけでした。

ところで、ビデオでは、何に使っていたのだろうかと思う、バスの残骸や、わけのわからない建造物が映っています。
滅び行くものへの愛着や美意識は、日本人固有のものではないと思うのですがいかがでしょう?

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