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映画『悪人』と歎異抄



映画『悪人』が評判になっています。
映画を未だ見ていないので、映画についての評価は書けません。
しかし、この映画や原作が伝えたかったテーマは、予告編や、原作の粗筋などから見えてきます。

私が、3歳くらいの頃、実家にそこそこの大きい仏壇が来ました。
家は、浄土真宗本願寺派で、幼い頃から両親が「なむあみだぶつ」と唱えているのを見て育ちました。
そんなこともあって、50歳代に菩提寺の勧めもあって、大阪北御堂であった「歎異抄」の勉強に通ったことがあります。
ご承知のとおり、『歎異抄』(たんにしょう)は、鎌倉時代後期に書かれた日本の仏教書です。
作者は、宗祖親鸞のお弟子さん「唯円」と言われています。

その第三条は、あまりにも有名で、私は、ここの部分の真のみ教えを知りたくて、北御堂に通いました。
その第三条は、次のような内容です(原文のまま掲載します)

第三条
 一 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。

親鸞聖人は、「浄土真宗に帰すれども真実の心はありがたし虚仮不実のわが身にて清浄の心もさらになし」
と自身に、清らかといえる心もまったく無いと嘆いておられます。
そんな中からですから「地獄は一定すみかぞかし」、つまりは地獄に落ちるしか行きようのない身なんだという自覚に立たれたと思います。
ましてや、凡人中の凡人である私などは、少しくらい善をしたなと思っても、それはなにがしかの下心がみえみえです。

まあ、およそ自分は善人だと思って居る方が怪しいのではと思います。
映画を、ごらんになった方は、この映画が描こうとしているのは、こんな事なのかどうか、お教え下さい。

今日の最後に、やはり歎異抄の勉強会で教わった、仏教の教えを書いてみます。
それは、怨憎会苦と言う言葉です。

怨み憎しみ合う同士が会わなければならない苦しみの事です。
生きていれば、必ず出会う「いやなやつ」の事です。

イヤな相手でも、相手のコンテクストに想像力を働かせれば、その人が、生まれつき愛されない環境に育ったとか、あるいは、ずっといじめられてきたとか、欲求不満の固まりであるとか、そういうことがわかってきます。
そうすれば、哀れみを感じることもできて、憎しみを乗り越えられることもあります。
それが、救いと釈迦は言っているのでしょう。
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