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無差別殺人事件の背景を知りたい。



又、無差別殺人事件が起きました。
わたしは、こうした事件が起きる度に思うことがあります。
それは、毎年30,000人を超える自殺者の事です。
もしかすると、これらの事件の犯人は、死のうとして死にきれなかった「自殺願願望者」ではなかったのかと?


自殺者が30,000人を超えた99年に、池袋通り魔事件が起きています。
そして9年後の2008年6月には、秋葉原通り魔事件。この事件の容疑者も自動車工場の派遣社員でした。

メディアの報道は、事件のその後を殆ど報道しないし、工場で一緒に働いていた人たちの短いコメントを流したり、もっともらしい識者の意見を取り上げたりするだけで、本当のところがわたしたちには、さっぱりわかりません。
当然、真の原因追及がなされないまま、又、昨日のように同じような事件が起きています。

昨日の容疑者は。「マツダに恨みがあった」と言っているそうですが、心の奥底にあったのは、果たしてそうでしょうか?
この事件でもやはり、最後は「だれでもいいから、人を沢山殺したい」という、これまでの通り魔事件と同じように扱われるのだと予感します。

池袋通り魔事件の容疑者は、中上健二の「19歳の地図」(1973年)を愛読していたと言います。
作品では、主人公が、次のように独白するところがあります。

”絶望だ、ぜつぼうだ、希望など、この生活のなかにはひとかけらもない”
池袋通り魔事件の容疑者は、この言葉に自分の姿をみていたのではと、思うのです。

人間の尊厳が紙のように軽く扱われる、格差労働社会。
非人道は非人道をエスカレートさせても決しておかしくないと思います。
反撃できない屈辱は「人を殺す機会さえあれば誰でも構わぬ」といった、底なしの憎悪を煽ることにもなりかねないのではないでしょうか。

わたしが、18歳の年の1968年10月、連続射殺魔事件が起きました。
この事件の犯人は、当時、私より1歳年上の19歳の少年でした。
この犯人 永山 則夫は、池袋や秋葉原の容疑者とは時代が違うとはいえ、すさまじい底辺を生きてきています。
そして、なぜ無差別連続射殺魔事件に至ったのかを扱ったテレビ番組がありますので、是非ご覧下さい。




昨日のマツダの事件も、喉元過ぎれば何も報道されなくなりそうですが、選挙も近いこと、この事件を通して、政治や、産業社会について、もう一度考えてみたいと思います。

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