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『チャップリンの独裁者』 チャップリンのコメディアン魂

興行的成功の裏に、「モダンタイムス」は、ラッダイト主義(失業のおそれを感じた手工業者・労働者が起こした。産業革命に対する反動、労働運動の先駆け)と非難もあったようです。

「モダンタイムス」から三年後の、、1939 年8月23日、独ソ不可侵条約が締結され、同年9月 1日早朝 、ドイツ軍はがポーランドへ侵攻し、9月3日にイギリス・フランスがドイツに宣戦布告し、ここに第二次世界大戦が勃発したのでした。

チャップリンが「独裁者」の構想を抱き始めたのは、それ以前だったといいます。
もともとチャップリンは、「モダン・タイムス」の次回作として、ナポレオン・ボナパルトを主人公にした映画を構想していたと言われています。

しかし、エスカレートするナチスのユダヤ人迫害等から、描く対象が、ナポレオンからヒトラーに変わっていったようです。
この背景には、ユダヤ系ハンガリー人でイギリスの映画プロデューサーであるアレクサンダー・コルダのプランを受け入れ決断に至ったとされています。

当時のアメリカには、親ドイツ派もおり、ヒトラー批判がしずらい中、彼をして恐怖や憎悪のシンボルとしてではなく、笑い飛ばしてやろうとした発想や心意気には関心をしてしまいます。

「独裁者」は、チャップリンの「最初のトーキー作品」としても有名になりました。
私も30数年前、大阪梅田の劇場でこの作品を見たとき、ヒトラーと取り違えられた床屋のチャーリーが、人種の壁を越えた融和を訴えるューマニズムあふれる演説に強く感動しました。

「モダンタイムス」以降、台詞をしゃべれば自分は、並みのコメディアンと同じとの心配など、まったく感じさせない素晴らしい台詞でした。

チャップリンは自伝で、ヒトラーという男は、笑いものにしてらなければならない、血の純血民族などとの世迷いごとも笑いものにしたやりたかったと述べています。

チャップリンは、この映画でも当然、脚本・監督をつとめ、チャップリン・スタジオや、ローレル・キャニオンなどロサンゼルス近郊の各所で撮影されたそうです。

独裁者については、まだまだ書きたいことがあるので、いずれ書きたいと思いますが、今日はここまでにします。

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