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映画「暖簾」に見る 死の描かれ方

一昨日見た映画「暖簾」について、書きたいことがあるので、もう一度書きます。

この映画では、人が死ぬ場面が二度出てきます。
最初は、中村鴈治郎(中村 玉緒の父)扮する、浪花屋利兵衛の臨終の場面です。

浪花屋利兵衛が、床に仰向けに寝ています。周囲を浪花千栄子扮する浪花千栄子(浪花屋利兵衛の妻)、浪花屋の跡取り山茶花究 (浪花屋信之助)とその妻、 汐風享子(浪花屋ゆき)が心配そうに顔をのぞき込んでいます。

そこに大旦那の異変を聞いてかけつけた、のれん分けして独立した森繁久彌(八田吾平)と浪花屋利兵衛の姪で、八田孝平の妻 山田五十鈴(八田千代)が加わります。

浪花屋利兵衛が集まった家族や縁者に何事か言葉を出しますが、ろれつが回らず、何を言っているかよくわかりません。

すぐに浪花屋利兵衛は、目を閉じて大きな「あくび」を死はじめます。
とその時、浪花屋の跡取り山茶花究に、こんな台詞があります。
「あかん、死ぬ前にはあくびするっちゅうさかいに、もうあかんわ!」

この場面、BGMがあるわけでもなく、人の死が非常に淡々と描かれています。
最近は、病院で息を引き取る事が多くて、人の死に際を見ることが随分少なくなったと聞きます。

この場面で描かれていた人の死に際は、50年以上も前に私が祖祖父の死を見たときと重なり、非常なインパクトを受けました。
最近の映画、特にテレビドラマの死の描かれ方が、どうなのか事例を今はあげられませんが、ことさらにドラマチックに表現しているような気がしてなりません。

あくび


それから、この映画には、もう一つ死に際を描いた場面がありました。
それは、八田吾平の次男 孝平(森繁久弥の二役)が戦争から復員して新生波華屋の店開きの日、突然の病魔に倒れた吾平、遺体を囲む家族、家族は、思い出を語りながら順に「末期の水(死に水)」をとって行きます。
茶碗に入れや水を、新しい割箸に脱脂綿をつけ、白い布でくるんだものに水を浸し、そっと唇に押し当てるシーンなど、ついぞ最近みたことがありません。

しにみず


そして、次男 吾平が父の手のひらを開くと、そこには僅かばかりの塩が、吾平がつぶやきます。
「親父は、とうとう塩こんぶになってしもうたわ」と。

川島雄三監督は、この映画の5年後に45歳でこの世を去って行きますが、この映画に描かれた「無常観」のような死の描き方は、監督がこの時既に自らの死を意識していたのではと、思わせる描き方だと感じるのです。

是非、もう一度見てみたい映画の一つです。

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