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川島雄三監督と森繁久弥

夕べは仕事が遅くなり、午前3時前に就寝。
うとうとしたかと思うと目覚まし時計に起こされて、眠い目をこすりつつ谷町四丁目(大阪市中央区)の大阪歴史博物館にと出かけました。

rekisi

駆け足で4階ホールに、「大阪アジアン映画祭2010」のスケジュールの一つである、おおさかシネマフェスティバル2010が、今日と明日開催されるので、行ってきました。

今日は二部構成になっていて、一部は森繁久弥追悼特集と題して、昨年11月10日に亡くなられた森繁久弥さん主演映画二本の上映と、故人と親しかった作家の、藤本義一さんのトークショーがありました。

着席して間もなく、藤本義一さん脚本の「喜劇 駅前競馬」が上映され、主演の森繁久弥さんはもとより、共演のフランキー堺さん、伴淳三郎さん、三木のり平さん等の芸達者に会場は、笑いに包まれました。

上映が終わると、舞台には作家の藤本義一さん。

藤本

藤本さんは、1933年大阪府生まれで、終戦時に入院していた両親に代わって闇市でレポ屋として家計を支えた頃のお話や、大阪府立大学の一期生で入学して、教師を目指していた話し、映画や演劇が好きで大学在学中からラジオドラマ、その他の脚本を書いていた話し。

それから、俳優としての森繁久弥さんの素晴らしさや、交遊のエピソード等々、「昭和」と言う時代を強く感じるお話しばかりでした。

藤本さんは、テレビドラマの脚本を経て、宝塚映画撮影所、続いて大映に入社。
ここで川島雄三監督に出会います。

川島監督は、森繁久弥さんが敬意を評する監督の一人だそうで、1918年生まれといいますから、藤本さんより15歳年上
青森県出身で、明治大学専門部文芸科卒業後、松竹大船監督部に入社。
島津保次郎、吉村公三郎、小津安二郎、野村弘将、木下惠介らの助監督を経て、1944年、監督昇進試験主席合格ののち織田作之助原作の『還って来た男』で監督デビュー。

川島織田

上の写真を見ても、当時の文化人のダンディズムがいいですね。
話しは変わりますが、私は幼い頃よく、両親に千日前の自由軒に連れて行ってもらいました。
自由軒は、明治43年に、大阪初の西洋料理店としてオープンしたお店で、お店には、昔から織田作之助が愛した名物カレーと書かれていて、私はここの「名物カレー」が大好きでした。つい先日も東京からの客人を、ここに案内したところです。

さて、話しを元に戻しますが、藤本義一さんは、川島監督に師事して脚本の手伝いをするようになり、監督から映画の様々なことを学んだといいます。

監督のエピソードで驚いたのは、監督が筋萎縮性側索硬化症に冒され歩行等に障害を有していたお話しです。
東京芝の日活アパートの自室にて急死。直接の死因は肺性心。享年45だったそうです。

藤本さんは、監督の解剖に立ち会った時の印象などもお話しされ、私は一気に川島監督への強い興味が沸いてきました。

午後3時からは、その川島監督作品「暖簾」の上映です。
もれ

「暖簾」は、沈まぬ太陽で話題の山崎豊子、脚本 川島雄三 八住利雄 キャストは
森繁久彌
山田五十鈴
小原新二
環三千世
中村鴈治郎
浪花千栄子
山茶花究
乙羽信子


あの参議院議長だった扇 千景もちょい役で出ていました。
物語は、昆布屋を営む大阪商人の戦争を挟んだ波瀾と苦難の道程を描いた商人一代記なんですが、とにかく森繁久弥さんの演技がすごすぎるぐらいすごい!!

しかし、森繁さんの演技もさることながら、川島監督の演出にもとても感心をしました。
それは
・テンポがよく洒脱な演出
・周囲の音をうまく取り込む音の演出
(台風の風の音、祭りの音、米軍の飛行機の音など9
少し映像に勝るくらいのレベルで入っているのですが、これが結構演出効果を上げているように感じました。
・フレーミングの素晴らしさ

この作品、滅多な事では映画館では見れないと思うので、今日はとても得した気分でした。
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