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レニ・リーフェンシュタールの 『オリンピア』

バンクーバー冬季五輪も終盤を迎え、日本の金メダルへの期待は、浅田真央選手に集まっています。
日本時間では明日26日にいよいよフリーの滑走が行われますが、多くの人がオリンピックの映像を楽しみにしていると思います。

スノーボードの国母選手のドレスコードが喧しく報道されていましたが、嘗てのオリンピックには「国を代表する」意識が今より格段に大きかったと思います。

東京オリンピック男子マラソンで銀メダルを獲得する快挙を成し遂げた円谷幸吉選手が、その後のあまりに大きな、次のメキシコ五輪への期待に押しつぶされるように、「もう走れない。」と安全カミソリで頸動脈を切り自殺した事もあるほどですから、今の若い選手たちは、本当にのびのびとやっているなと感じます。

さて、話を昨日のヒトラーと映画に変えます。
映画好きの為政者ヒトラーは、1936年8月に開幕したベルリンオリンピックでも、映画をプロパガンダとして最大限に利用しています。

ベルリン

ヒトラーはベルリン郊外に十万人収容可能なスタジアムを建設。
入場行進は、この大会から行われたそうです。

かえn


そしてオリンピックを映画として記録したのも、この大会が最初だったそうです。
ヒトラーは、制作予算に150万マルク(当時の1マルクは、現在のおよそ5ユーロに相当するそうですから、9億円くらいでしょうか?)
1965年と言いますから、ヒトラーが作らせたベルリンオリンピックから約30年後に作られた市川 昆監督の「東京オリンピック」の製作費が当時の日本円で3億7000万円と言われています。

30年の時間差があっても、ヒトラーのお金のかけようは尋常ではありません。

このオリンピック映画『オリンピア』(『民族の祭典』『美の祭典』の2部作を指す通称)は、ヒトラーお気に入りの監督 レニ・リーフェンシュタールが担当。

多くのベテランカメラマンが招集されたと言います。
更に、新人カメラマンの起用されて、フィルムの入っていないカメラで訓練したそうです。

市川 昆監督の東京オリンピックでも、カメラマンは林田重男、宮川一夫を含む総勢164名、カメラ台数130台、レンズ232個という凄さですから匹敵しますね。

レニ・リーフェンシュタールは、カメラを気球に載せて撮影したり、フィールドに穴を掘って撮影したり等、あらゆるアングルでの撮影を試みたようです。

このあたりも、市川 昆監督も意識していたのか、作品は映画的手法のオンパレードで、俯瞰ショット、ローアングルもあり、レンズも望遠、広角なんでもあり、記録映画なのに主観ショットもあるし、スローモーション、ストップモーション等など出てきます。

『オリンピア』で撮影されたフィルムは40万m(400キロメートル)と言いますから想像を絶する量です。
フィルムの編集は、膨大な時間を必要としますので、編集の苦労は、それはもう筆舌に尽くしがたいものだったでしょう。

それだけの大作だけに、評価は今日までも高く、この作品を超えるオリンピック映画は生まれていないとされています。



現代の、高画質デジタルハイビジョン放送の画質はとは比べ物になりませんが、如何ですか?

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