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「わが闘争」と宣伝

ヒトラー第一次世界大戦におけるドイツのプロパガンダを「少しも役に立たなかった」と批判しました。
そこで、次の「宣伝論」を展開しました。

「宣伝はすべて大衆的であるべきであり、その知的水準は、宣伝が目指すべき物の中で最低級のものがわかる程度に調整すべきである。それゆえ獲得すべき大衆の人数が多くなればなるほど、純粋の知的高度はますます低くしなければならない。」

「大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい。
この事実からすべて効果的な宣伝は、重点をうんと制限して、そしてこれをスローガンのように利用し、そのことばによって、目的としたものが最後の一人まで思いうかべることが出来るように継続的に行わなければならない。」

(「わが闘争」)

一方で、「宣伝」をキーワードにググってみると、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ではこうあります。

宣伝とは、企業や商店などが、自分たちが提供する商品やサービスを、その特長も含めて一般大衆に知ってもらおうとする活動の事。プロモーション (promotion) とも言う。広義にはキャンペーンや試食販売などの販売促進活動も含む。

とあり、ここでも「大衆」と言う表現がみられます。

ここれ、「プロパガンダ」をキーワードにググると、
特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する宣伝行為である。
通常情報戦、心理戦もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され、しばしば大きな政治的意味を持つ。

飯田道子氏著の「ナチスと映画」には、映画好きの為政者ヒトラーの一面を次のように紹介しています。

官邸の改築が進んでいる間の仮の住まいで、ヒトラーは親しい人びとを夕食に招き、食後、映画を楽しんだ。その時の様子は以下のようであったらしい。

夕方にはかならず映写機が持ち出され、ニュース映画と劇映画一、二本上映された。
(中略)
映画の選択についてヒトラーはゲッペルスに相談した。大抵は、そのときベルリンの映画館にかかっているものと同じだった。ヒトラーは害のない娯楽もの、恋愛ものの映画を好んだ。
ヤニングスとリューマンのもの、ヘニー・ポルテン、リル・ダーゴヴァー、オルガ・チェコヴァ、ツァラ・レアンダー
あるいはイェニー・ユーゴのものなら、すぐに取り寄せさせた。
裸の足がいっぱい出てくるレビュー映画だったら、間違いなくヒトラーの気に入った。

(「ナチスと映画」飯田道子著より)

この部分が、わたしは非常に面白いと思うんです。
次に紹介しようと考えているチャップリンの「独裁者」でも、非常に人間的と言うか、独裁者の弱さを、うまく表現しているシーンがあり、この記述と符合するのでとても面白く感じます。

さて、ヒトラーは、映画を自身の宣伝論で表現してゆくようになります。
ナチスのプロパガンダ映画製作者として、忌み嫌われたレニ・リーフェンシュタールは、1934年のナチス党大会の記録映画『意志の勝利』撮った監督として知られtいますが、その『意志の勝利』のフルムービーがありましたので、掲載しておきます。

1時間44分の大作です。時間のある時、ゆっくりご覧下さい。
映画的表現の素材としても面白いです。

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