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樫原の棚田村(徳島県上勝町)その1

7月14日(土)に徳島県上勝町の樫原棚田村に行ってきました。

20120714

大阪市内の自宅を午前6時に出発、阪神高速、明石海峡大橋を経て徳島県に、徳島市から国道55号を南下,勝浦川橋を渡ってすぐに右折、勝浦川を見ながら県道16号を上流方向に走ること約1時間。
小雨降る中を上勝町の役場に着きました。
今回の訪問では、事前に役場の産業課に電話してインタビューの申し込みをしたところ、地元の「松下さん」をご紹介頂いていたので、松下さんとは役場で待ち合わせすることにしていました。
役場の駐車場から松下さんにお電話すると、待つこと数分で来てくださいました。

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早速、名刺交換。頂戴した名刺は二枚、一枚には「樫原棚田村」~全国棚田百選・文化財指定地区~の松下さん
もう一枚には「上勝町議会議会」の肩書きが目に入りました。
きりっとしたお顔立ちと物静かな話しぶりに自信の程がうかがえます。
初対面にもかかわらず、ずいぶん話しが弾み、あの有名な葉っぱビジネスのお話まで聞くことが出来ました。
(動画の左が松下さん、右が筆者です)

お話が一段落していよいよ樫原の棚田村に向けて車を走らせます。
県道を更に上流方面へ約5分程行くと樫原の棚田の看板がありました。狭い道も松下さんの慣れたハンドルさばきに私はついて行くのがやっと。
約10分ほど走ったでしょうか?ようやく棚田の全景が見える場所に車を止めた松下さんが傘をさしかけてくれながら、棚田について説明をしてくださいました。

20120714-2

雨に濡れた棚田は緑が一段と深く美しいことこの上ありません。
樫原の棚田も私たち明日香と同じく「日本の棚田百選」に選ばれ、又、国の重要文化的景観にも選ばれています。
耕作の始まりは、江戸時代前期の1680年代であったと考えられています。
四方を標高700~900mくらいの山に囲まれ、隣接する集落と峠道で結ばれる空間は「小宙的」と言われます。
わたしは今年3月にフィリピンを旅しました。そのときフィリピン・コルディリェーラの棚田群を見たかったのですが、時間が無くて断念しましたが、私はついつい連想してしまいました。
この続きは次回

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新井の棚田

4月29日に、京津府与謝郡伊根町の新井の棚田に行ってきました。
昨年は宮崎の坂本棚田に行き保存会の方に色々お話を伺いました。
今回は伊根町役場の職員I氏が休日を返上して案内してくださいました。

その際のお話の様子や棚田は、次の動画で見てください。



日本海に面したこの地域は嘗て「新井の千枚田」と言われ800枚くらいの棚田があったそうです。
しかしいずこも同じで減反政策や高齢化で耕作を続けてゆくことが困難になり荒廃が進みました。
平成7年に大阪のお米屋さんのグループと地元の方々とで保存会を作って復田に着手して現在25枚の棚田で米を作っています。

棚田の保全活動は各地で行われていますが、そのきっかけや、そこに参画する人たちの思いは様々です。
共通しているのは、都市住民との協働かな?と思います。
さて役場の職員さんにお聞きしたエピソードですが、この棚田の水路を一部役場が負担して整備したそうですが、VP管の水路で写真愛好家の評判が良くないそうなんです。
写真愛好家の気持ちも理解できますが、保全活動をなさっている方々は写真の素材提供が目的でないので随分勝手な言い分だと思いました。
プロフィール

明日香人

Author:明日香人
各地の棚田保全活動の情報や美しい棚田を紹介してゆきます。

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