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丸山の千枚田(三重県熊野市紀和町板屋)

丸山の千枚田です。
筆者(明日香人)が丸山の千枚田に出かけたのは今から3年半前の2008年12月でした。
熊野古道を旅した時に足を伸ばして観てきました。
丁度ビデオカメラを持って行っていたので撮影もして来ておりまして、編集をしてyoutubeにアップしていますのでご覧ください。



現地で先ず私が驚いたのは、その規模の大きさです。
丸山の千枚田は日本最大級の規模で、当然、日本の棚田百選に選ばれています。
関ヶ原の戦いで功のあった浅野幸長による慶長6年(1601)の検地によれば、7町歩(約7ha)約2240枚の棚田があったうです。

その後、明治時代に11.3haにまで増え、戦後も規模で維持されてきました。
しかし、大抵の棚田がそうであるように、昭和40年代半ば以降、過疎化・高齢化、減反化政策などで不耕作地が増えて最盛期の半分以下の500枚程度にまで減ったそうです。

我が明日香でもそうでしたが、先祖から受け継いだ土地であり、文化的景観でもある棚田を、草山や杉山にするわけにはいかん!!!
地元の農民と紀和町が立ち上がり、地道な復旧作業の末、現在では1000枚以上の復田したそうです。

丸山

京阪神からは少し遠いですが、一度出かけてみてはいかがでしょう。
丸山の千枚田について詳しくはこちら丸山の千枚田





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坂元棚田(宮崎県日南市)

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昨年9月、私(明日香人)は宮崎県日南市の坂元棚田を訪ねてみました。
坂元棚田は、宮崎自動車道の田野ICから県道26号線を走ること小一時間の宮崎県日南市酒谷坂元にあります。
事前に棚田保存会事務局のサカモトさんにお電話をしていたので、激しく雨が降りしきる中を近くまで迎えに来てくださって棚田を案内して頂きました。

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サカモトさんによりますと、ここの棚田は元は茅場だったそうです。
茅場とは集落の家の屋根を葺く茅を刈る場所のことで、その茅場が棚田へと変わっていったそうです。
棚田になったのは昭和の初めで、国の補助事業を導入して大正の末頃から測量が始められて、昭和3年から造成工事が始まりました。
そんな訳で、地元の人たちはつい最近まで「新田」と呼んでいたそうです。
昨今、棚田と言う言葉が広まり最近になって「棚田」と言うようになったそうです。
この棚田の特徴は、写真のように1枚辺り5アールの面積やあぜ道の幅などすべてがきっちり整備されている点です。非常に整然とした美しさがいいですね。これは馬耕を前提に設計されたとの事。


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造成工事は5年の歳月と高額の費用をかけて昭和8年8月に約100枚、5ヘクタールの棚田が完成しました。

石墨

石積みは当初、専門の技術者を入れて工事は始まったそうですが、工事が進むと地元の人々も見よう見まねで石積みしたそうです。
サカモトさんのお義父さんも小学校時代には、学校から帰ると直ぐに石積みの手伝いをしたと言うのを聞いたと話してくださいました。
地元の人たちが、それこそ家族総出で新田の完成を目指したのでした。

しかし、現在では地元農家、十数戸が約70枚、3.5ヘクタールの水田を耕しているだけとなっています。
農林水産省は平成11年7月にここを「日本の棚田百選」に認定しました。
保存会では、この美しい棚田を守るために棚田オーナー制度を導入して、都城や宮崎市の住民とともに保全活動をしています。
その活動は例えば農閑期にレンゲを蒔いたり、毎年4月の第二週の土・日曜日には棚田一面がれんげの花で彩られる「棚田まつり」などを開催しています。

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昭和初期に大変な労力とお金をつぎ込んで作った新田も今では維持が困難になってきています。
保存会の皆さんには是非頑張って頂きたいと思います。
志を同じくするものとして心からエールを送ります。
棚田の後方にはきれいに手入れされた杉林(飫肥杉)が広がっています。
なかなかこんな景色は見当たりません。皆さんも是非一度行ってみてください。
プロフィール

明日香人

Author:明日香人
各地の棚田保全活動の情報や美しい棚田を紹介してゆきます。

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