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日本では、パソコン自作派は、10%以下なのか?

わたしが、現在、動画編集に使用しているPCは、自作のものです。

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コアトゥクヮッド、ウィンドウズVistaの組み合わせで、SDビデオの編集なら、ストレスなく編集できています。

しかし、今後HDの作品が増える事を予想して、更に一段、二段上のスペックのマシンをと思って、昨日、ヨドバシカメラ梅田の自作パソコンコーナーを下見に行きました。

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そこで感じ事を書きます。
先ず、売場がずいぶん隅っこに追いやられたなあと言う印象。

売場に、お店の力の入れようが表れています。

ふと見ると、側にアダルトビデオの売場。

わたしのように、自作派には、なんともさみしい気分。

今日になって、これも自作派の友人と電話で、この事を話していたら、何でも、アメリカでは、自作派遣は、30%くらいいるそうですが、日本では、10%にも満たないそうです。

なるほど、それなら売場縮小も頷けます。
では、何故日本では、自作パソコンが、広がらないのでしょうか?
それは、大メーカーの商品品質への信仰?

アフターサービスの良さ?

まあ色々あるかも知れませんが、わたしの場合、これまで殆んどと言っていいくらい、トラブルで困った事、ありませんでした。

少しくらいなら、自分で何とでもして来ましたから。


そんな事から、次世代パソコンも、きっと自作になりそうです。

その前に、HDDの容量アップをするつもりです。

内蔵タイプのバルク品なら、2テラバイトでも、1万円ちょっとで買えてしまいます。

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デジカメも、ますますデータが大きくなるばかり、ハードの対応も怠りなくしておかないといけませんね。
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ポーランドのイエジー・スコリモフスキー監督の『バリエラ』を見てきました。

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今日は少し時間があったので、またまたシネ・ヌーヴォに行ってきました。
平日の午後2時とはいえ、想像していたより客数は多かったようでした。

上映作品は、ポーランドのイエジー・スコリモフスキー監督の『バリエラ』でした。

素衣好き

イエジー・スコリモフスキー監督は、2009年、「アンナと過ごした4日間」で、キネマ旬報誌洋画ベストテンに選出されたポーランドの名匠です。

『バリエラ』は、1966年の作品で、モノクロです。81分と比較的短い作品でした。
実のところ、わたしはこの作品に関する予備知識がなんにも無い状態で見ましたが、正直なところよくわからない映画でした。

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映画館に置かれてあったチラシを読むと、概ねこんな風に書いてありました。

・戦後のポーランド社会の抱える世代間の障壁を象徴的に描いた。
・モノクロ映像の信じがたい美しさ。
・意表をついた画面構成
・超現実的な場面の数々が見る者に衝撃を与えるカルト的傑作

映画が始まると、後ろ手に縛られた男達が、ばたり、ばたりと繰り返し倒れる様子が執拗に繰り返されます。
わたしは、この映画を見る前に、ポーランドという国のコンテクストを勉強しておくべきだったと焦りを覚えました。



このシーンの持つ意味を読み解かないと、先に進むと、きっともっと難解な映画になるはずだと。
チラシのテキストは少々過大評価のような気がしながらも、寺山修司の実験映画を彷彿とさせるカットや音楽の使い方に、少々辟易しながら見終わりました。

トルストイは、芸術とは人間が心の中に高まる感情を最高最善のものへ移行させる人間活動であると言いました。
わたしが、この映画がよくわからなかったのは、スコリモフスキー監督の心の中の高まる感情を受けとめられんかったんでしょうね。

すみせんが、私は、大衆芸術としての映画がいいなぁ

大列車強盗の創意と工夫

近頃の3Dコンテンツの増加や、ハードの進化には、驚くばかりです。

もしも今、百年以上前にシネマトグラフを発明したリュミエール兄弟や、エジソンが、この世に舞い降りたら、どんな感想を持つだろうかと想像してしまいます。

ここに紹介する映画は、今から百年以上も前の1903年に撮られたアメリカ映画です。

10分30秒程で、最後迄見る時間がないと言う方は、先に読み進んで頂くとして、後でゆっくり見て頂くのも良いでしょう。

わたしの希望は、もしこの映画を未だ見た事がない方は、先に映像を見て頂く事をおすすめします。



さて、この映画、タイトルは『大列車強盗』で、この映画については、たくさんの方々のご意見が、ネットにアップされているので、今更ながらの感がなきにしもあらずですが、敢えて書いてみます。
わたしが、この映画を見て一番強く感じるのは、作り手が、いかにおもしろく見せるかに、ものすごい工夫と努力をしているところです。

作り手なら見えてくる工夫と努力を、順に書いて行きます。

①合成画面
1カット目の鉄道通信室のセット、まるで舞台中継を見ているかのような、一分近い長回し。
悪党どもが乱入して、通信士を縛り上げるシーンでは、画面右肩の窓に走り来る列車の映像が見えます。
今なら、クロマキー合成でも、CGでも使いますが、おそらくは、マスキングか何かの方法で多重露光したんだろうでしょうが、大変よくできています。
合成画面は、後で貨物車内での乱闘シーンでも使われていますが、こちらは、ちょっと笑ってしまいます。

②巧みな繋ぎ
この当時に、エディターがあったかどうかは知りませんが、わたしが、8ミリやビデオを始めた頃は、出来るだけエディターを使わないで、頭の中で、繋ぎを考えながら撮影をしました。

この映画では、機関車上での乱闘シーンで、悪党どもにやられてしまった機関助手?を線路に投げ落とすシーンがありますが、実際には人形を投げているのでしょうが、この繋ぎ目は、殆んど分かりません。

③映画的表現への挑戦この映画では、悪党どもに縛られた通信員が、少女により救出され、保安官たちが追い詰める迄を、同時進行で見せようとの試みが、見られますが、クロスカッティングを成立させるまでには至っていません。

④クローズアップの使用
ラストショットで、唐突に、銃口を観客に向ける男が登場します。この男、悪党なのかと思いますが、意味は分かりません。
しかし、このショットは映画史的には、大きな意味があるそうでして、世界で初めてクローズアップを使った映画とされています。

きっと他にも、隠された、いろんな工夫や努力があるのだと思いますが、何もないからこそ人は、一生懸命考えるのでしょうね。

人間の持つ非人間性を描く演出方法とは?~スタンリー・キューブリックはすごい~

熊井 啓監督は、特に音を巧みに計算する演出家として知られています。
例えば、三船プロダクションと石原プロモーションの共同制作映画『黒部の太陽』で、クライマックスの破砕帯突破のシーンでは、トンネル切り羽で働く人々の騒音の後に「無音」を入れることで、緊張感を実にうまく出しています。
その後、山鳴りの音、岩盤を支えるボルトが壊れる音、三船俊郎の「待避っ!!」と言う大声の台詞、鉄砲水が溢れて大パニックへの序章を計算されつくした音の演出が施されています。
熊井 啓監督自身が「映像作家ではなく、音響作家だ」と言っていた事もあるそうです。

以前にも一度、スタンリー・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」の事を書きましたが、この映画、私が22歳の時に見た映画で、当時は、この映画のテーマなど理解できず。
難しい映画だなと言う感想しかありませんでした。

しかし、酔って寝ていたホームレスを棍棒でめった打ちにするシーンや、作家の家に、マスクを被って押し入り、作家の妻を輪姦するシーンでは、当日付き合っていた彼女と見に行っただけに、しまった!映画の選択を誤ったと慌てた事を覚えています。

さて、この映画の問題のシーン、作家の妻に乱暴のかぎりをつくすシーンでは、主人公のアレックス(マルカム・マクダウェル)が、ジーン・ケリーのミュージカル映画「雨に唄えば」のSingin' in the Rainを口ずさんでいます。

天国のように素晴らしい。ミュージカル映画史上最高の作品と評されたSingin' in the Rainを唄わせる事で、その対比として、人間の持つ非人間性を描いたとすれば、スタンリー・キューブリック監督の底知れぬ奥深さを思ってしまいます。

私が、当時「怖いな」とおののきながら見た問題のシーン、youtubeにありましたが、リクエストにより埋込無効になっているので、urlを貼り付けておきましたので、是非一度ごらん下さい。

時計じかけのオレンジ

倫理的規範が集団的心理に押し流されて行く様を表現する方法とは?

『海と毒薬』と言う小説をご存じですか?
遠藤周作の作品で、1958年に発表されています。

臨床実験の被験者として、戦犯の容疑が向けられたB-29の搭乗員使用した事件を、題材に小説化したものと言われています。

この小説を、熊井啓監督で1986年に映画化。
キャストは、
奥田瑛二(勝呂)
渡辺謙(戸田)
成田三樹夫(柴田)
西田健(浅井)
神山繁(権藤)
岸田今日子(大場)
根岸季衣(上田)
草野裕(田中軍医)
辻萬長(村井大尉)
津嘉山正種(宮坂中尉)
岡田眞澄(ハットリ)
ギャリー・イーグル(捕虜)
田村高廣(橋本)

映画監督、画家としても活躍中の、奥田瑛二や、今をときめく渡辺謙の若き日の姿が見られます。
映画は、アメリカ人捕虜生体実験に使うシーンは、主人公の勝呂が、集団的心理に押し流されて残虐な行為に至るプロセスを、手術の進行に合わせて、標準レンズ→クローズアップ→望遠レンズの多用と言う手法で、主人公の内面にある、倫理的規範が集団的心理に押し流されて行く様を、実に見事に表現しています。

さすが、熊井啓監督だなと感じる演出です。
youtubeには、予告編のみがありましたが、このあたりを理解できる動画だと思います。
若き、奥田瑛二、渡辺謙を見るだけでも楽しいので、一度、ご覧になって下さい。

では、どうぞ。




テロはもういい!!現代の日本人が本当に望んでいることとはなにか??

ふと今夜、書棚の本を覗いていると、養老孟司著「まともな人」(2003年 中公新書)が、目にとまりました。
パラパラとページをめくっていると、テロリズム自作自演という見出しが気になり、読み返してみました。

その中で、養老氏は、あのアメリカ同時多発テロ事件(2001年9月11日)を、アメリカ文明の自作自演だと書かれています。

その論拠になるものは、殆ど触れられていないので、養老氏の真意は測りかねますが、本の中で、ニューヨークの高層ビル群を、アメリカ文明そのものであり、現代都市文明、脳化社会の象徴と捉え、同時に大量旅客輸送用のジェット機、これもアメリカ文明の象徴と捉えておられるあたりから、この結論になったのではと、思います。



話しは、少し変わりますが、私が20歳代の時に読んだ「ケインズ経済入門」、著者も内容も殆ど覚えていませんが、
有効需要の創設に一番効果があるのが、戦争だと書いてあった事を記憶しています。

アメリカ同時多発テロ事件が、様々な陰謀によって引き起こされたとするいくつかの説の中に、当時、低迷していたブッシュ政権に高い支持率を与えて、アフガニスタン戦争とイラク戦争のきっかけになりました。
つまり、軍需産業へ利益をもたらしたという事実があるわけです。

東西冷戦が終われば、軍需産業にとっては何とか仮想的が必要でしょうが、万一、その陰謀説が正しかったとしても、なかなかそうとも思えません。

養老氏も、この章の終わりには、こう書いていらっしゃいます。

”テロはもういい、私がいちばん知りたいこととはなにか。現代の日本人が本当に望んでいることとはなにか、それである。”



魔もなく、参議院選挙、現代の日本人が本当に望んでいることが、選挙結果に反映されるのだろうか?
いや、それより、わたしたちはいったい何を望んでいるのかさえ、分からないのではと思う今日この頃です。

今日も、映画やビデには、無関係なお話しですみません。

制作予定の作品について(取材ノートより) 

※今日は、写真や動画はありません

一昨日、ある企業を訪問して、来月制作する作品の取材をして来ました。
制作予定の作品は、障がい者の社会参加をテーマにした内容で、この企業は、昭和60年代から非常に積極的に、高齢者雇用や、障がい者雇用を推進している企業です。
私は、その企業で、障がい者雇用のまさに第一線で、活動されている若き課長さんに取材を申し込みました。

午後5時過ぎ、応接コーナーに通された私は、取材ノートとペンを持って、お話しを聞き始めましたが、私が想像していた障がい者雇用の現場とは、かなりの差がありました。
取材の様子は、後で書きますが、先ずは、取材を前に調べた障がい者雇用の実態を書いてみます。

2006年(平成18年)10月1日、障害者自立支援法が本格施行されました。
しかし、この法律、色々問題があり、2009年(平成21年)9月19日、鳩山内閣当時の長妻昭厚生労働大臣は同法の廃止を明言しています。

法律立案者のねらいは、まあ理解できるのですが、その中に、障害者がもっと「働ける社会」にしようというのがあります。
一般就労へ移行することを目的とした事業を創設するなど、働く意欲と能力のある障害者が企業などで働けるよう、福祉側から支援するというのですが、果たしてその狙いどおりに進んで行くのでしょうか?

法律で定められている障害者の雇用率は1.8%(56人の従業を抱える企業なら最低1人は雇用しないといけない)
です。

最近の傾向としては、雇用者数、実雇用率、法定雇用率達成企業の割合、これらの数字は確かに改善されてきています。

企業の社会的責任(CSR)の観点からも障害者雇用に積極的に取り組む企業が増えたのでしょうか。
しかし、経営基盤が弱い中小企業の実雇用率は引き続き低い水準にありますし、逆に従業員1,000人規模の大企業でも、法定雇用率達成企業の割合は30%台と、決して高いとは言えない現状です。

お伺いした企業では、知的障がい者の雇用に力を入れていらっしゃり、今回の作品は、この企業に雇用されている、知的障がい者の方々の、お仕事の現場を撮ろうという企画なのです。

面白いデータがあります。
身体障害者、知的障害者とを比較すると、知的障がい者の雇用は、大企業より、従業員100人未満の規模で雇用されている割合が高いという事実です。

企業にとっては、法定雇用率の問題もあり、障がい者雇用は進めたいのだけれど、おそらくこんな悩みをもっているのでしょう。
・雇用したいけれどノウハウがない
・ニーズに合う人材と出会えない
・どの部署でどんな仕事をしてもらうか見当がつかないなど
・採用した後でも、仕事のミスマッチ、現場でのコミュニケーション不足が生じ、早期に退職するのでは?

お会いした課長さんは、こんな問題を、非常に丁寧に、一つ一つ解決しておられ、企業としてのノウハウも確立されています。

わたしは、今回の作品で、このあたりをうまく伝えられたらいいなと、今から撮影が楽しみです。




無差別殺人事件の背景を知りたい。



又、無差別殺人事件が起きました。
わたしは、こうした事件が起きる度に思うことがあります。
それは、毎年30,000人を超える自殺者の事です。
もしかすると、これらの事件の犯人は、死のうとして死にきれなかった「自殺願願望者」ではなかったのかと?


自殺者が30,000人を超えた99年に、池袋通り魔事件が起きています。
そして9年後の2008年6月には、秋葉原通り魔事件。この事件の容疑者も自動車工場の派遣社員でした。

メディアの報道は、事件のその後を殆ど報道しないし、工場で一緒に働いていた人たちの短いコメントを流したり、もっともらしい識者の意見を取り上げたりするだけで、本当のところがわたしたちには、さっぱりわかりません。
当然、真の原因追及がなされないまま、又、昨日のように同じような事件が起きています。

昨日の容疑者は。「マツダに恨みがあった」と言っているそうですが、心の奥底にあったのは、果たしてそうでしょうか?
この事件でもやはり、最後は「だれでもいいから、人を沢山殺したい」という、これまでの通り魔事件と同じように扱われるのだと予感します。

池袋通り魔事件の容疑者は、中上健二の「19歳の地図」(1973年)を愛読していたと言います。
作品では、主人公が、次のように独白するところがあります。

”絶望だ、ぜつぼうだ、希望など、この生活のなかにはひとかけらもない”
池袋通り魔事件の容疑者は、この言葉に自分の姿をみていたのではと、思うのです。

人間の尊厳が紙のように軽く扱われる、格差労働社会。
非人道は非人道をエスカレートさせても決しておかしくないと思います。
反撃できない屈辱は「人を殺す機会さえあれば誰でも構わぬ」といった、底なしの憎悪を煽ることにもなりかねないのではないでしょうか。

わたしが、18歳の年の1968年10月、連続射殺魔事件が起きました。
この事件の犯人は、当時、私より1歳年上の19歳の少年でした。
この犯人 永山 則夫は、池袋や秋葉原の容疑者とは時代が違うとはいえ、すさまじい底辺を生きてきています。
そして、なぜ無差別連続射殺魔事件に至ったのかを扱ったテレビ番組がありますので、是非ご覧下さい。




昨日のマツダの事件も、喉元過ぎれば何も報道されなくなりそうですが、選挙も近いこと、この事件を通して、政治や、産業社会について、もう一度考えてみたいと思います。

有り余る才能と強運の持ち主 スピルバーグ

SF映画、ホラー映画、スリラー映画、サスペンス映画などファンタジー系のジャンルに焦点を当てた映画祭があります。
ファンタスティック映画祭がそれです。
現在、次の3つが三大ファンタスティック映画祭とされています。
・シッチェス・カタロニア国際映画祭
・ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭
・ポルト国際映画祭

嘗ては、アボリアッツ・ファンタスティック映画祭(FESTIVALINTERNATIONAL DU FILM FANTASTIQUE D'AVORIAZ)もありました。
この映画祭は、 1973年から1993年までフランスのアボリアッツで開催され、93年を最後にフランス国内作品のみの映画祭に変更されました。

この第一回でグランプリを得たのが、スピルバーグの「激突」です。
平凡なサラリーマンが、カリフォルニアを車で北上中、追い抜いたタンクローリーを、抜きかえしたことから、抜きつ抜かれつを繰り返す羽目になり、やがてタンクローリーはサラリーマンを攻撃するにいたると言う実に単純なストーリを、演出技法としては、素朴なのかもしれませんが、視る人をして、ドラマの核心に引きづり込む力は、何度みても素晴らしいと思います。

スピルバーグ23歳の時の作品と言いますから、その才能には驚くばかりです。
スピルバーグは、16歳の時に、一年がかりで「ファイアーライト」(140分)を完成させたと言いますから、更に驚きです。

しかし、スピルバーグが手がけた作品は8ミリや、せいぜい16ミリだったようです。
そこに、彼の作品を見た、とある裕福な若者が1万ドルを投資しようとの話しが持ちかけられ、彼は「アンブリン」(24分)で35ミリデビューしています。

まあ、このエピソードを見ても、有り余る才能の上に、強運の持ち主であるとも言えますね。

ナチズムとエロチシスズム

飯田道子氏は、著書『ナチスと映画』(中公新書)で、ナチズムがエロチシズムと融合した映画を紹介しています。

その映画とは、リリアーナ・カヴァー二監督の『愛の嵐』(1973年)です。




この映画では、シャーロット・ランプリングが裸の上半身にサスペンダー、頭には親衛隊将校の防止、手には皮手袋と云う姿が、大変話題になりました。
当時、23歳だった私には、非常にエロティックに感じた事を今も、鮮明に記憶しています。

物語は、1957年のウィーン、男は、ホテルのフロント係、女は、有名な指揮者の妻。
しかし、この男女は、ナチスドイツの収容所で、女は囚人、男は、親衛隊隊員だった。
収容所で、男に弄ばれた女は、有名指揮者の妻の立場を忘れて男のもとへ走ると言うような話し何です。

私は、経験がないので、迂濶な事を書くと、厳しい批判を受けるかも知れませんが、厳しく律せられた世界の表面上の美しさの裏側に、垣間見える、いかがわしさとでも言うのでしょうか?
「倒錯」と言う言葉には、禁断の世界の魔力が潜んでいるようで、憧れてしまいますて。私も時に、螺旋の如くそんな世界に落ち込めればなんて思いますよ、今も尚。皆さんは如何ですか?

9千800円のコンデジで撮ったHD動画

数日前、ヨドバシ梅田にフラット出かけたとき、パナソニックのコンパクトデジタルカメラ「DMC-FX60」が、タイムバーゲンで売られていました。

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このカメラが、9千800円と言うので、つい衝動買いしてしまいました。
買うときは、スペックとか殆ど気にしていなかったのですが、有効画素数 1210万画素でかなりの高画質。

その上、1280×720ピクセルのハイビジョンサイズで、30コマ/秒の高画質な動画を撮影できるという優れもの。
早速、昨日、奈良県明日香村で行われた、田んぼでのどろんこ遊びの様子を撮影してきました。

雨模様の天候でも、傘をさして片手でも気軽に撮影が出来るコンパクトさ、あまりにコンパクトなので、殆どの人が、動画撮影されていると思っていないので、自然な映像が撮れるのもいいところです。

AVCHDではないので、編集も楽々。
これ9千800円なら、超お買い得な買い物だったと、内心ほくそ笑んでいます。

日常生活の風景をスケッチ風に描いたヒューマンドラマ ~東京兄妹~



禁煙パイポ、タンスにゴン、エバラ焼肉のたれ、ヤクルトタフマン、デューダ等の、個性的なテレビCMを作り話題を呼んだ 故 市川 準監督作品で、『東京兄妹』(1995 年)があります。

都電が走る、東京の小さな街で暮らす一組の兄妹の日常生活の風景をスケッチ風に描いたヒューマンドラマなのですが、このスケッチ風に描くと言うのが、私なりにどういう事なのかを考えてみました。


タイトルからして小津安二郎の「東京物語」を意識した作品だと思いますが、非常に丹念に且つ淡々と描いているように感じます。

私の一番のお気に入りは、オープニングカット、フェードインするまでの数秒を足しても、約1分ほどを、ワンシーンワンカットで撮っています。



いかにも小津作品を意識したようなセット(昭和生まれの私には、これがなんとも懐かしくていい)
この町家にあたる光、風鈴を揺らす風に、季節と時間の移り変わりが感じられところが好きです。

この作品、カメラアングルこそ、アンチ小津なのか、小津スタイルの代名詞のようにいわれているローアングルは少ないものの、フィックスショットでしっかりフレーミングされた映像こそが、日常生活の風景をスケッチ風に切り取ると言うことなのかなと思います。

安物のテレビドラマを見ていて、役者さんの大げさな台詞回しに、いつも嫌悪感を抱く私ですが、小津作品や、この作品のように、ぼそぼそしゃべる登場人物たちにリアリティを感じます。

今夜8時、『ザ・コーヴ』が「ニコニコ動画」で、全編無料放送



行きつけの床屋のご主人が、2月に、この「オーシャンズ」を家族で見に行ったそうです。
その時の感想を、私の髪を切りながら、こう離してくれました。

「予告編が、あまりにも素晴らしかったんでつい入りましたが、途中で席を立ちそうになったぐらい腹立たしい映画でしたわ。
なんて言うか、アジア人差別みたいな映画で、後味の悪い映画でした。見ない方が良かったと思いますわ。」

わたしは、この映画を見ていないので、床屋のご主人の感想が、本当なのかどうかは判断できませんが、このオーシャンズと同じようなドキュメンタリーが、日本中で議論を巻き起こしているそうです。
映画は、『ザ・コーヴ』で、今日、18日20時から「ニコニコ動画」で、全編無料放送されるそうです。



クジラおよびイルカの捕獲の是非に関する国際的な論争は、実に多種多様で、主な争点は9つもあると言われています。

1. 資源としてのクジラ
2. 自然保護問題としてのクジラ
3. クジラ知的生物論
4. 文化としての捕鯨
5. 原住民生存捕鯨
6. ホエールウォッチングとの対立
7. 人道的捕殺問題
8. 汚染の問題
9. 国際法上の争点

捕鯨を行うことに賛成か、反対かの対立構造は容易に解決出来ない問題を孕んでいて、市民レベルで言えば、鯨料理は高いと言う状態が続くのでしょうが、個人的には別に鯨を食べなくても、どうって事ありません。

しかし、映画を映画館で見たときの臨場感は、その周囲にある現実の物理空間よりも高いものを、我々は感じてしまいます。

映像メディアの登場により、捕鯨問題に直接参加しなくても、この問題への認識を持つことが出来ます。
私は、今夜8時、残念ながら打合せがあって、ニコニコ動画を視聴できないのですが、ニコ動の特徴である”リアルタイムでコメントが付けられるので、おそらくものすごい反響なのではと思います。

「14歳逮捕」賛否の声

youtubeに人気漫画を著作者に無断で公開した14歳の中学生が、京都府警に逮捕された。

今朝の讀賣新聞は、「14歳逮捕」賛否の声との見出しで、被害食い止めと、逮捕行き過ぎのそれぞれの意見を掲載していた。

それで、この記事を読んで感じた事ですが、この違法公開した少年像を、こんな風に書いているところです。

”捜査関係者によると、少年は学校の成績はよかったが、母子家庭で自室に閉じこもりがちだった。母親は、我が子への関心が薄く、少年がパソコンやゲーム機などをどのように入手したのかさえ知らなかった。”

この記事、あまりにもステレオタイプの少年像の描き方に、思わず笑ってしまいました。
それと、ここに出てくる「専門家」「識者」の元判事は、「逮捕やむなし」方や大学名誉委教授で、少年法の専門家は、「他の警察が、安易に踏襲しないよう配慮すべき」とのコメント

この記事っておかしくないですか?

・14歳の中学生に「著作権」を教えていないし、著作権侵害がどんな罪になるかも知らない。
・デジタル時代の著作権保護の手法が出来ていない。(サイトでのチェックや削除を含む)
・メディアリテラシー教育が未開発

できたら、こんな視点で議論を展開しないと、この腫の事件?は防げないし、社会的には、こんなつまらない既存メディアの記事では、本当の問題解決に至らないと思うのです。

これからは、youtubeに代表されるように、一億総クリエーターの時代になってゆくでしょう。
先日も書きましたが、コンテンツホルダーが、きちんとビジネス出来る環境、知的財産権の保護について、世界中の叡智を集めて解決して欲しいと思います。

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超短いショットの積み重ねは「意味からの解放」?



我々は、映像からなんらかの意味を読み取ろうとします。
しかし、この京セラの古いテレビCM「クレサンベール みんながキレイに、なればいい」は、僅か30秒余りなんですが、非常に短いカットを重ねてつくられているので、時間あたりの情報量が多すぎて、映像の持つ意味を解読するのは困難です。

むしろ視る人は、意味を理解しようとする負荷から解放され、ただ映像の鮮やかさや美しさに流されて行くだけ。
そして気がつけば、緑色の水滴の中から宝石が出てくるというしかけ。

周南的とも言える短いショットを繋いで行くのは、エディターは大変ですが、こう考えれば面白いですね。

テレビは見るものからつくるものへ

以前に書きましたが、香港のテレビ局RTHKは、優れた企画なら、100%出資をしてくれて、番組を作らせてくれるそうです。(但し、著作権はRTHKにある)
そして、その企画書を出す企業の大きさや、実績は問わないそうです。
非常に開かれた放送局だと思います。

これと同じような事を、苫米地英人氏が、著書「テレビを見てはいけない 脱・奴隷の生き方」で書いています。
氏は、これからの時代に、真に力を持つ者は、コンテンツをつくり出すことができて、そ利用についても自分でコントロールすることが出来る本物のコンテンツホルダーだと言っています。

このことは、著作権でビジネスすると言う事と同義だと思うのです。
ライセンスが収入となるし、今の時代、コンテンツは何度も利用できるマルチユースが当たり前。
優れた作品ならお金になるわけです。

苫米地英人氏は、今にテレビはyoutube化して限られた人たちが番組の内容を決めるのではなく、オープンな市場が形成されて行く方向にテレビ業界もドラスティックに変わって行くだろうと予言しています。

アメリカのインチキ経済が破綻したごとく、今のテレビの欺瞞性は、いずれ破綻して民主的な感覚を持った人たちが中心となって、映像メディアの真の意味を見いだすだろうと述べています。

映像の作り手の一人として、そんな時代が来るのを大いに期待しています。

100mメガ津波映画『TSUNAMI』

映画制作は、莫大な費用がかかる仕事です。制作費○○億円なんて宣伝文句は、何度も聞いてきました。
今日、ここに紹介する韓国映画は、予告編を見る限り、ハリウッド映画の10分の1にも満たない予算で作ったとは思えない大作です。

その大作とは、ユン・ジェンギュン監督の『TSUNAMI』です。
毎夏、100万人以上の海水浴客でにぎわう韓国の代表的リゾート、「海雲台」。
そこに、ある日突然、高さ100m、時速800kmの「メガ津波」が容赦なく襲い掛かる……というよくあるパニック映画なおおですが、ユン・ジェンギュン監督は、平凡な人間たちによる、わたしたちの新しい物語にしたと言うのですから、ハリウッド映画のように、スーパーヒーローが登場して、救ってくれるというようなお話しではないみたいです。

アジアならではの、表現に大いに期待しています。
公開は9月25日~の予定。

韓国映画の進化を?真価を是非この目で確かめたいと思います。

予告編をご覧下さい。

『スクリーンの中の大阪 映し出された街と人』

絶対「毎日更新」を目標に11月10日に、このブログを始めて7ヶ月が経ちましたが、ついに昨日2回目の更新出来ない日を作ってしまいました。
大変残念です。
「まあ、いろんな日もあるさ」と、気持ちを切り替えて書いています。

さて、第2回目の大阪検定が7月4日に行われます。大阪商工会議所主査で、昨年から始まりました。
大阪が持つ歴史・文化の深さを再発見し、多様な大阪の魅力を知ることを目的とした試験です。

去年は、受験しなかったのですが、今年は3級の受験申込みをしました。
全く準備をしていないので、合格が危ういのではと心配しています。

そんな中、それに備えての「なにわなんでも大阪検定」特別講座(主催・大阪商工会議所)が昨日と今日3の両日、大阪商工会議所(大阪市中央区本町橋)で開かれました。(わたしは行けなかったのです)

12日の1限目は、武部好伸氏の担当で、『スクリーンの中の大阪 映し出された街と人』
講座では、大阪検定公式テキスト『大阪の教科書』(創元社)で、武部好伸氏がお書きになった「大阪映画」の章で
紹介された『王将』『夫婦善哉』『ぼんち』『悪名』『ガキ帝国』『ブラック・レイン』等の作品を中心に、大阪についてあれこれや、大阪と映画との関わりをお話しくださったようです。

今年は、春に川島雄三監督の「暖簾」を見ましたが、大阪を舞台にした映画は沢山あります。

例えば、『ぼんち』です。ぼんちと言っても、あの漫才コンビではありません。「暖簾」と同じ山崎豊子原作の足袋問屋の息子の放蕩・成長を描いた作品で、市川 昆監督、市川雷蔵主演でした。



ちなみに、ぼんちとは、若だんな。坊ちゃん。ぼんぼんの事を指します。

この映画、キャストがすごくて、ソフトバンクの携帯電話のCMで白戸家の母を演じている若尾文子さんの若かりし美しくセクシーな姿が見れます。



それから、大阪を舞台にした映画の一つに『白い巨塔』があります。
これも山崎豊子の原作です。
脚本は、わたしが尊敬してやまない橋本 忍さん。
主演は田宮二郎

わたしは、テレビの唐沢版は、敢えて見ないようにしました。それは多分みても、映画の印象が強くて、面白い筈がないと思っていたからです。





映画に関する問題が多いと助かるのですが.......
7月4日まで、あと僅か、頑張らないと......


美しい映像

シンプルなフレーミングは撮影者の意図をよく伝えます。
被写体を画面にバランスよく配置して、見る側の目線をなるべく
絞りこむことが美しい映像を撮るポイントです。

映像表現は、限りなく広がる
空間と時間を、撮影者の感覚で切り取る(フレーミング)する
わけです。

そして編集というプロセスを経て、切り取ってきた映像を積み重ね
て、物語(テーマ)を伝えます。

しかし、基本はワンショット、ワンショットの美しさが大事です。
何気ない風景も、時間によって光の当たり方が異なるだけで
美しく感じることがあります。

様々なものを美しいと感じ取れる「感性」を持ち続けることが
素晴らしい映像作品につながります。

レーション自動作成ソフトウェア 『声の職人』

まずは、こちらをご覧下さい。いやお聞き下さいと言ったほうがいいかもしれません。
お馴染みの、城 達也さんの美声です。



皆さんが映像作品を作るとき「ナレーション」を入れますか?
初心者の作品を見ていると、カメラ片手にしゃべりながら撮った作品が多いように思います。
だれでもが、城 達也さんのような美声で、かっこよくナレーションが入れられたら表現の幅が大きく広がって、動画編集が、更に楽しくなるはずです。

わたしも、25年くらい前の自分の作品を見てみると、とっても稚拙な自分のナレーションを聞いて、寒くなります。
まあ、それでも何でも経験で、数をこなしているうちに、上手になったなと思うようになりました。

今では、自称「城 達也」或いは「窪田 等」、そしてある時は、田口トモロヲになりきって録音しています。

窪田 等



田口トモロヲ



それでも、もっと綺麗にナレーションを入れられたらと思うことがありますし、初心者の人なら、ナレーションを入れた、わかりやすくて、かっこいい作品を作りたいと思うのは当然でしょう。

そんな方達の為に、とっても便利なソフトがあります。
”テキスト入力するだけでナレーションを簡単作成”
がキャッチコピーのナレーション自動作成ソフトウェア
『声の職人』(トムソン・カノーパス社製)です。
こんな人にお勧めかな?

・声に自信がない(悪声、変に高い声等)
・台本をスムーズに読めない(かみかみになる)
・標準語が話せない(作品の意図で方言のほうがいいこともありますが)

詳しくは、こちら

ソフト上に予め用意された6人のナレーターを変えてみたり、速度やピッチも色々変えて試して見て下さい。
但し、対応編集ソフトは

・EDIUS Pro 5
・EDIUS Neo 2 Booster
・EDIUS Neo 2
または、これら以降のバージョンだけに限られますのでご注意を!!

作曲家の小林 亜星CMソング名作集

作曲家の小林 亜星さんは、わたしより18歳以上も年上の1932年生まれといいますから、昭和で言うと7年生まれです。
小林は、作曲家であるとともに、作詞家、俳優、タレントとしての顔も併せ持ち、評判だったテレビドラマ『寺内貫太郎一家』は、とても面白くて、わたしは毎週見ていました。
このように、マルチな才能の持ち主で、リスペクト出来る人物です。

しかし、私は彼が作曲したCMソングの数々が特に素晴らしいと思います。
今日は、古い作品を中心に、わたしが選んだ小林 亜星CMソング名作集をyoutubeから並べてみたいと思います。

先ずは、2010年5月24日、中華人民共和国山東省の繊維会社である山東如意科技集団有限公司との間で、資本業務提携契約を締結したことで話題になった、株式会社 レナウンの超有名CMソングです。

ここにアップしたのは、当時、大いに人気を博したブルガリア出身のフレンチ・ポップス歌手、シルヴィ・ヴァルタンヴァージョンです。



続いては、同じくレナウンの1967年のCM「イエイエ」です。
実写とアニメの組み合わせ、モデルの早い身のこなし、商品であるニット服もテンポよく入れ替わり見せて行く手法は、今見ても斬新です。

この音楽を作ったのが、小林 亜星さんで、サイケなサウンドとビートの効いたリズムが映像にぴったりです。



そして、なにより私は、これが大好きなんです。



映像、ナレーション、音楽が渾然一体となって、見事なまでに商品であるウィスキーのイメージを醸し出していました。
私は、このCMの影響を受けて、いったい何本のオールドを空けたことか。

最後は、山崎まさよしがカバーしているコレです。

政治をショウ化したテレビ ~民意至上主義からの脱却とは~

蓮舫参院議員は行政刷新相に内定しています。
例の事業仕分けのイメージから、行政刷新相に選ばれたのかはわかりませんが、私は、この事業仕分けなるもの、政治をテレビショウにしただけではないかと思っています。

民意???をバックに、バッサバッサと切り捨てる映像は、かっこよく映ったのでしょうか?





民意、民意と言いますが、世論調査や内閣支持率調査は、政策実行の一つの指標だと思うのです。
内閣府によれば、政府の施策に関する国民の意識を把握するため、ほぼ毎月世論調査を実施しているそうです。

メディアは、すでに管内閣の支持率云々を報じています。
お手並みを未だ拝見してもいないのに、総選挙で民意を問うた内閣でもないのに、安易に支持、不支持を表明するのもどかと思いますし、政治に過度な期待を持ちすぎてはいないのかな?って思います。

期待が大きければ大きいだけに、うまく行かなかったときの怒りの矛先も、政治に向かいすぎます。
ここは、少し冷静に『民意』について、考えたいと思います。

そんなわたしに、ヒントになる動画をyutubeで見つけました。
今こそ、一度、ゆっくり見ていただく価値のある動画だと思います。



ここには、国家戦略、教育など国家の根幹にかかわる政策など国のあり方を論じる国民の姿が見えてきます。
世論調査や内閣支持率調査もいいですが、こんなのもいいなと思います。

映像を積極的に読み解く力(メディアリテラシー)のつけ方

米国ボストンを拠点として活動する日本のジャーナリストである、菅谷明子さんが2000年8月に、岩波新書から出した「メディアリテラシー ~世界の現場~」は、
メディアが送り出す情報を単に受容するのでなく、意図を持って構成されたものとして、積極的に読み解く力(メディアリテラシー)の重要性を、世界の現場からリポートしていて、
大変参考になる著作だと思います。

書では、学校改革を考える契機になればと、サウサンプトン大学(サウサンプトンに本部を置くイギリスの国立大学)の実例を紹介しています。
それによりますと、英国映画協会(BFI)が当時のイギリスの学校に対して行った、映像制作教育に関する調査結果では、国語の授業に取り入れているのが23%程度で、
映像制作教育の普及が遅れている原因は、カメラや編集などの訓練不足だそうです。

映像制作のお勉強を活字教材でやっても、大して効果が上がらないのは、言うまでもありません。
一方、「イングリッシュ&メディアセンター」
では、1年制のメディア・コースでは、メディア・リテラシーの基本理論イングリッシュ&メディアセンターから始まり、映画、音楽、ニュースから、カリキュラムの開発まで幅広く学ぶことが出来ると書いています。

その授業の様子がリポートされていますが、授業は極めて実践的で、参加者は次の三つのグループに分かれてワークを行います。

1.「短編ドキュメンタリーを見て、文化やアイデンティティなどの観点から、映像がどう作られているのかを話し合う。」

2.「60秒のビデオ作品を作る。」

3.「詩を映像で表現するビデオ・ポエムの制作」

です。
菅谷氏は、3のグループに加わりました。

課題は、こんな手順で行われます。

ア)詩を読んで、自分なりに解釈する。

イ)予め準備された70枚ほどの大判のイメージ写真から、解釈した詩のイメージに合うものを10点選ぶ。

ウ)イメージを順番に撮影する。

オ)最後に詩を朗読してナレーションとして映像につける。

この作業を通して、言葉を映像にするということ、映像が持つ意味、活字と映像と言うメディアの違いが、詩の解釈をどう変えるのかなどを考えるきっかけになるはずです。

このワークに参加した一人が思わずつぶやいた言葉が本に書いてありますが、これはなかなか示唆に富んだ言葉です。

「これって、小説を映画化するような作業に似てないかしら?結局、映像って、我々がそれぞれ自分でイメージするものを、誰かが代わりにやってくれるから、それだけ解釈が限られてしまうということね。それにしても、活字から映像の転換って大変な作業だわ」

こうして出来上がった映像に、BGMをつけたら、イメージが違って見えるでしょうし、制作の順序を変えて、先に映像を作って、出来上がった映像に詩を作って当てはめるのも面白いでしょう。

こんなワークを、何度かやっているうちに、どうしたら自分のイメージを伝えることが出来るかや、人の作った作品を見て、その意図を読み解くことも出来るようになるのではと思いますがどうでしょう?

1960年代前半までのCMは、アニメか生CMかの二極化時代だった。

1位:ふうふ誕生のうた/原田 郁子 【リクルート:ゼクシィ】

2位:君と僕/BLACK BOTTOM BRASS BAND 【JRA:クラブケイバ】

3位:Ring a Ding Dong/木村 カエラ 【NTTドコモ:ドコモサマーコレクション2010】

4位:まねきねこダックこども体操の歌/たつやくんとマユミーヌ 【アメリカンファミリー生命保険:もっと頼れる医療保険・新EVER/夢みるこどもの学資保険】

5位:あなたのうた/織田 哲郎 【武田薬品工業:アリナミンA/アリナミンEXプラス】

6位:君の瞳に恋してる/フランキー・バリ(唄:不明) 【アサヒビール:アサヒスタイルフリー】

7位:To be free/嵐 【アサヒ飲料:三ツ矢サイダー】

8位:クリア!/トータス松本 【アサヒビール:クリアアサヒ】

9位:BANG THE BEAT/氷室 京介 【アサヒ飲料:グリーンコーラ】

10位:クワイ河マーチ/ミッチ・ミラー合唱団(唄:不明) 【ITJ法律事務所】

これは、テレビで気になる曲 CMソングサーチがらコピペした最新CMソングランキングです。

テレビは、放送開始からの10年間ほど、つまり1960年代前半までは、そんなに高度な映像技術や録画技術がなかったので、ドラマはもとよりCMも生でやるか、フィルムで作ったアニメと二極化していました。

アニメーションCMには、印象的なCMソングが有効に活用されていて、子どもの頃よく口ずさんだものでした。
キャラクターの多くは人形??や人間化された動物でした。

例えば、こんなものです。





それから、これも印象に残っています。




一方、生CMの代表的なものを、いくつかご紹介します。
戦後生まれで、大阪育ちのわたしと同世代の人たちはリアルで見ています。





テレビ番組の世論形成にだまされるな!!

管内閣が明日発足します。
民主党は「地方を活性化するとともに、流通コストの削減を図る」ことを最大の目的として、2003年の第43回衆議院議員総選挙以降一貫して、「高速道路無料化」をマニフェストに掲げていますが、一方で前の国交相 前原氏の慎重論があるのも民主党なのです。

しかし、管新首相は、僅か1年数ヶ月前に国会で、高速道路無料化に、次のような熱弁をふるっています。
youtubeには、このように発言が映像と共に残っていて、わたしたちは、その気になれば、いつでも、誰でもが、過去の為政者の言葉を容易に再確認することが出来ます。



さて、管総理大臣は、いったいこの発言をどう具現化しようと言うのでしょうか?
政治家の”言葉”の重みに非常な関心を持ってしまいます。

高速道路を無料化すれば、当然のことながらメリットとデメリットが出てくると思いますが、無料化に「賛成」か「反対」かなどと言う、所謂「世論」はいったいどのようにして形成されて行くのでしょうか?

時間がある方は、こちらをご覧下さい。



ついでに、こちらも見て下さい。



わたしたちは、感情的になら賛成、反対どちらの立場でも発言することは出来ますが、中長期的に、この事が我が国の経済にどのような効果や影響を及ぼすのか、或いは排ガスやガソリン消費などの環境問題はどうなんだ?そして財政への影響などについては、正直なところ正しい判断は出来ないと思うのです。

勿論これをきちんと評価するだけの情報と、それを評価分析できる人もいるかも知れません。
しかし、私を含むそうでない人たちは、メディアからの情報が今の所は、一番信用できるとと思いこんでいます。
そのマス・メディアが、徒に感情論を煽ってみたり、時の為政者を批判したりして、偏った世論形成をするような報道がなされているような気がしてなりません。
以前にも書きましたが、ヒトラーは「わが闘争」で、大衆の受容能力は限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きいと述べています。

既存のマスメディアが、この程度の認識で番組を作っているとすれば、今はそうは行かない筈です。
わたしたちは、インターネットと言う新しいメディアを得て、理解力は大きくなり、youtube等の出現で忘却力は小さくなったと思います。

テレビ番組は、多分に極めて狭い限られた知識しか持ち合わせていない、ごく一部の人たちにによって作られています。
このようなテレビ番組で、世論が形成され、その事で政策決定が左右されるような愚を繰り返してはならないと強く感じる今日この頃です。

メディアは、もっとわたしたちが冷静に判断出来ような客観的情報を提供して欲しいと思うのです。

映像制作のプロセス

私が作品を作るとき、内容にも
よるのですが、先にナレーションの原稿を書いて、それに合わせて
映像を編集(繋いでゆく)時と、映像を先に繋ぎながら、同時進行
でナレーションの原稿を考える場合があります。

ドキュメンタリーの場合は、ほぼ後者になります。
つまり何が起こるかわからない現実の前では、先に原稿を書いて
いても、殆ど意味をなさないからです。

しかし、私でも誰でもそうですが、映像を撮ると言うことは、
フレーム(枠)で切り取って来るわけですから、撮影者や
ディレクターの意図が明らかに反映されるわけですから、演出
要素がそこに入りこみます。
つまり、撮影するときから、製作者は自分が伝えたい方向に
従って撮影をしています。

撮影してきた素材は、私の頭の中で一旦並べ替えられて、撮影
しながら描いたストーリィをそこで組み立てるのです。

出来上がったストーリィをメモ用紙にプロットで書き出して
更に、自分が伝えたい意図を明確にします。

そして、次は自分が伝えたいテーマを表現するショットを選んで
行きます。

デジタルビデオをPCで編集する時は、ストーリーボードにビデオ
クリップを並べられ、将にストーリィを組み立てるのに最適です。

私はリニア編集時代の方が長いのですが、これは、素晴らしい機能
だと思います。

とにかくどんどん並べ替えをして、自分の納得が行くお話しを組立
てればいいのですから。

編集の第一歩は、ストーリィからだと思います。

民放キー局の番組は見るな!! ~「テレビ放送枠をオープン市場化」~

私の自宅は、昨年eo光を導入して、テレビも漸くにして地デジ対応にしました。

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おかげで、60チャンネル以上の中から、見たい番組を選択できています。
しかし、未だに数局の民放キー局しか視ない人の方が多いのではないでしょうか?

理由はいろいろあると思いますが、人気俳優や女優、タレントやお笑い芸人が出ているし、セットなどにもお金がかけられているので、何となくケーブルテレビや衛星放送の番組より、見かけは上質に感じるのかもしれません。

岡村黎明著の「テレビの明日」岩波新書は、1993年に第一刷が出された古い本ですが、この中で岡村氏は、民放キー局の驕りぶりを書いています。

”民放の経営者は、もちろん、ニューメディア時代の到来をはじめ、経営環境の変化に気がつかなかったわけではない。
しかし、新しいテクノロジーがメディアの世界をどのように変えていくかについて、正しく理解していたかどうかが問題であった。
一面では、ニューメディア時代に対する過敏な反応があり、他面では、過小な評価があって、しかも、それが奇妙に同居していたと考えられる。つまり、新しい技術に乗り遅れたら大変だ、自分たちは新しいバスに乗り込まなくてはならない、と言う焦りであり、他面では、テレビ局以上の有力・強力な広告媒体はあり得ない、テレビは最終的なマスメディアであると言う過信である。

民放が、これまで行ってきたサービスについて、良い意味での自信を持つ、ということなら理解できる。しかし、免許制度に守られて、競争といっても、いわば同じような仲間うちに限定された独占的な状態でテレビ広告を集めてきた、その甘い汁を絶対に他には渡さない、という意味なら、それは単なる既得権益擁護のエゴイズム以外の何者でもあるまい。以下略”

岡村黎明著の「テレビの明日」から17年の時が過ぎましたが、見事なまでに正鵠を射た論理だと思うのです。
私が、ここ暫くこのブログで引用している、苫米地英人氏の「テレビを見てはいけない 脱・奴隷の生き方」では、
民放キー局と大手広告代理店が作ったテレビコマーシャルの価格カルテルを批判し、民放キー局の特定の時間帯莫大な広告収入の仕組みが崩れれば、多チャンネル化が更に進むと続けています。

こうすれば、才能あるクリエイターの活躍出来るフィールドが広がり、多様な映像文化が花開くと思います。
たしかに、スポンサーも質の低い番組には広告を出さなくねってきており、その事が民放キー局の業績に表れてきています。

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そこで、苫米地英人氏の提言は、「テレビ放送枠をオープン市場化」です。
例えば、午後8時から1時間といった「枠」で競売に出して、われこそ番組を放送したいと言う制作会社がされを落札できるようにすればいいのだと言っています。

現状でも、実際に番組を作っているのは、下請けは孫請けの制作会社なのですから、問題はありません。
要は「企画」が勝負の分かれ目になるのです。

こうすれば、自社制作なので著作権を100%所有出来るし、著作権ビジネス(コンテンツライセンス)への展開も可能です。
ライセンス料が収入になるし、コンテンツのマルチユースでの収入も当然期待できます。

テレビ局の電波利権を自由化して、是非ともテレビ放送枠をオープン市場化して欲しいですね。

大臣の首を獲るのが勲章? ~「知の衰退」からいかに脱出するか?~

「知の衰退」からいかに脱出するか?(大前研一著 光文社)の冒頭部分から引用します。

”民主国家というのは、社会集団の知性の集大成として行われるものだから、政治の停滞は明らかに「(集団)知の衰退」を象徴している。”

僅か3年前の2007年7月の参院選は、年金問題の不祥事(社会保険庁のオンライン化したデータ(コンピュータ入力した年金記録)にミスや不備が多いこと等が明らかになった事)に国民が怒り、自民党を大敗させ、その事が昨年8月の民主党政権誕生に繋がりました。

しかし、その2年前の2005年には、「郵政民営化に賛成か反対か?」の総選挙で、国民は小泉自民党に歴史的勝利を与えています。



今日、辞任した鳩山総理も、国民の期待を裏切ったのは事実でしょう。



しかし、鳩山総理以前の4人の日本の総理大臣も、1年から1年以内に退陣しています。





麻生総理も解散を先送りして、国民に一人あたり1万2千円を配ってやめました。
鳩山総理も子ども手当を配り始めてやめてゆきました。




お金を配ることが景気対策だと思っている知力の低下した政治家と、それに期待する国民。
どっちもいい勝負かなと思ってしまいます。

苫米地 英人氏の「テレビは見てはいけない 脱・奴隷の生き方」には、こう書かれています。

”いまでも新聞記者や民放キー局の報道記者たちは、大臣の首を獲るのが勲章だと思っているフシがあります。
国民に不利益をもたらしているシステムの欠陥や問題点を知らしめるのがジャーナリストの役割だと私は思うのですが、なぜけ記者たちは、問題の原因をシステムのせいではなく、個人の問題に還元しようとしがちです”

まったく、その通りだと思うのです。
先の年金問題の不祥事にしても、明らかにシステムそのものの問題としての要素が大きいように思えてなりません。
年金の管理を、IT化する際に、大きな問題があったはずなのに、そこを「エエイ」ってやってしまったんだろうなって思うんです。

まあ、責任をとって「詰め腹」切ってもらうのは、いいのですが、これはもう殆ど無政府状態みたいなもので、間もなく還暦を迎える私には、暗澹たる気持ちにさせてしまいます。

今日は、このブログのテーマと逸脱してしまいましたが、ついつい何か書かないとと言う気持ちになってしまいました。

TVcmの変遷 ~ナンセンスとセクシュアリテ~




このテレビCMは、昭和30年頃にオンエアされていたもので、私はリアルタイムで見ています。
故 植木 等さんによるこのCMは、洋傘販売の株式会社アイデアル(2006年事業停止、自己破産申請 負債13億5000万円)がスポンサーで、僅か5秒でした。

5秒と言う制約の中で商品説明はどだい無理な話で、商品のアピールより、如何に視聴者を引きつけるかが勝負でした。
それだけに、「何である、アイデアル」のように語呂合わせや、おもしろい言葉、だじゃれが使われていたようです。

この傾向が顕著なのは、大橋巨泉の万年筆のCMです。
この「ハッパフミフミ」は流行語にもなりました。



昨日紹介した内田隆三氏の「テレビCMを読み解く」(講談社現代新書)には、テレビCMの変遷を、このように分析しています。

更に内田氏は、テレビCMが商品そのものの訴求から離れて行く様を「ナンセンスとセクシュアリテ」と言うキーワードでくくって、視聴者を瞬時に強く惹きつける手法としてのお色気CMの登場を挙げています。



このCMは、丸善石油のハイオクタンガソリンのCMですが、キャラクターの小川ローザさんとは無関係な商品ですが、風でミニスカートがめくれあがると言うセクシーさが視聴者を惹きつけました。
今見ても、結構いけますね。コレ!!!!
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明日香人

Author:明日香人
各地の棚田保全活動の情報や美しい棚田を紹介してゆきます。

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