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ロケ地としての大阪を考える

大阪芸大の学生さんが撮った映画の中に、 佐藤 純也監督のドラマ『Re;rec』 (22分)と言う作品がありました。
この作品、大阪市内でロケされたのでしょう。大阪市西成区南津守にある千本松大橋(せんぼんまつおおはし)を使ったシーンが何度も繰り返し出て来ました。

千本松大橋は、「めがね橋」の愛称で呼ばれ、2層のループ構造になっていて、車で通ると目が回るような気がします。
橋の長さはループ部分を含めれば、1245メートルもあります。水面からの高さは36mで、ご覧のとおり、なかなか絵になる橋です。

千本

私は、この映画でめがね橋を見直すきっかけをもらいましたし、アジアン映画祭での特別シンポジウム「アジア映画のさらなる交流へ~ロケ地としての大阪の可能性~」にも参加して、わが町大阪を、もう一度ロケ地としてどうだろうかと?考えてみたいと思っていた矢先、NHK文化センターで次のような講座が開催されるとの情報を得ました。

「沈まぬ太陽」や「HERO」など、多くの映画やドラマのロケが行われて
いる大阪。こうした映画やドラマのロケ地には、作り手からの重要なメッセ
ージが込められています。そんなロケ地の探し方や決め方、裏話などの秘話
が聞ける講義と、実際に大阪市内のロケ地を巡るツアーを組み合わせた連続
講座「大阪ロケ地めぐり」が開催されます。普段聞けない撮影秘話が聞ける
貴重な機会に、ぜひご参加ください。
日 程:4月14日、4月28日、5月12日、5月26日(全4回)
時 間:13:00~15:00
場 所:NHK文化センター 大阪教室(大阪駅前第4ビル24階)
講 師: 大阪ロケーションサービス協議会 チーフコーディネーター 大野 聡 氏

昨日電話で参加申込をしたところ、昨日現在で、参加申し込みがあったのが1名だけだったので、今回は中止にしましたとの事。

今年1月の産経新聞で、大阪ロケーション・サービス協議会は、運営が曲がり角に来ていると報道されています。
スタッフの皆さんの努力もあって、ロケ地の紹介や撮影の交渉、エキストラの手配などの支援支援数は、設立直後の12年度は14件でしたが、平成14年度に100件を超え、平成18年度には176件に達したそうです。

しかし、大阪府や大阪市、大阪商工会議所が負担していた運営費の分担金が削減され、府や市、商工会議所が各500万円計1500万円の分担金を、平成20年度以降は橋下徹知事の財政再建方針もあり、各約300万円の計約900万円に減少したそうです。

映画「おくりびと」の舞台になった山形県庄内地方では、映画の効果で観光客が増えたそうです。
嘗ての大阪市長であった磯村 隆文氏は、大阪を観光やスポーツ振興による都市活性化をめざす「国際集客都市」を公約にし、大阪オリンピックを誘致しようとしましたが、失敗に終わりました。

大阪に育ち、大阪に暮らすものとしては、やはり大阪の活性化を強く望んでいます。
韓国釜山に倣い、大阪を映画で活性化してほしいと願う今日この頃です。
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大阪芸大の学生さんが撮った映画 ~夢幻遊園ネバーランドに描かれる理想郷~

もう一本書かせてもらうことにします。
それは、CGアニメーション『夢幻遊園ネバーランド』(30分) 村野 佑太監督作品です。

前半は実写で、物語が進みます。
物語は、大阪芸大の学生さんたちのお話しで、就職活動がうまく行かない学生、彼女にふられた学生、漫画作家のたまごで、出版社から叱られる学生等が登場します。

現実社会の厳しさを実にさらっと描いているあたりは、今を生きる若者の特徴なのか、それともある種のニヒリズムなのかは、作者や出演者の皆さんにお聞きしたところです。

さて、物語は、そんな厳しい現実社会から逃れた若者が理想郷である、「ネバーランド」に行くという展開になります。

ここからは、CGアニメーションで、実にうまくできています。
私は、CGアニメがどのようなプロセスでできて行くかをまったく知りませんが、いかなる機械を使ってしても、無から有を生み出す作業は、容易ならざるものがあることは想像がつきますので、これを作り上げた監督、スタッフに賞賛の拍手を送ります。

りそう

『夢幻遊園ネバーランド』を私は、現代を生きる若者の理想郷と捉えさせて頂きました。
理想郷(ユートピア)は、ユートピアは現実には決して存在しない理想的な社会として描かれる事が多く、現実の社会と対峙させることで現実社会を批判する側面もありますが、この作品では、現実社会への批判と言うメッセージはあまり感じられませんでした。

しかし、閉塞感に満ち溢れた今の社会を、透かして見せていました。

話は変わりますが、わたしは間もなく60歳になります。
最近、よく私は、後何年生きるのだろうか?後15年くらいかな?それとも明日かな?等と思ってみたり、死んだら私はどこに行くんだろうと、真剣に考えたりします。
「すばらしく良いがどこにもない場所」に行けるのだろうか?
等と考えて、嘗て大阪北御堂で学んだ歎異抄を読み返したり、釈迦が祇園精舎において舎利弗をはじめとする弟子に説法したと言われる、佛説阿彌陀經を現代語訳と合わせて読んでみたりしています。

機会があれば、イスラームにおける天国『クルアーン』や、神道の天津国、キリスト教世界における天国も少し触れてみたいと思っています。

それはさておき、釈迦が説法した佛説阿彌陀經の現代語訳から、宗教的理想郷を少し覗いてみることにします。

『その国にはつねに種々の美しい色とりどりの鳥がいる。白鵠・孔雀・鸚鵡・舎利・迦陵頻伽・共命などの鳥である。このさまざまな鳥たちは、昼夜六時のそれぞれに優雅な声でさえずる。

その鳴き声は、五根・五力・七菩提分・八聖道分などの尊い教えを説き述べている。

その国土の人々は、この鳴き声を聞きおわると、だれもかれも仏を念じ、法を念じ、僧を念じるのである。
舎利弗よ、そなたはこれらの鳥が罪の報いで鳥に生まれたのだと思ってはいけない。
そのわけは、阿弥陀仏の国土には三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)はないからである。
舎利弗よ、その仏国土には三悪道(地獄・餓鬼・畜生)の名さえもないのだから、ましてそのようなものがいるはずがない。
このさまざまな鳥はみな、阿弥陀仏が法を説きひろめようと、いろいろと形を変えてあらわされたものにほかならないのである。

舎利弗よ、その仏の国土はさわやかな風が吹きわたり、さまざまな宝の並木および宝の網飾りを吹きゆるがせて、妙なる音楽作り出している。
それは百千種もの楽器が同時に奏でられているようであり、この音色を聞く者は、だれでも自ずから仏を念じ、法を念じ、僧を念じる心を生ずるのである。舎利弗よ、極楽国土は、このように麗しく飾りたてられている。』

私も理想郷を夢に描いて今を生きてゆきます。



大阪芸大の学生さんが撮った映画 ~描かれる進路選択の悩み~

大阪芸大の学生さんが撮った映画のお話の3回目です。

坂下 雄一郎監督が撮った「憂鬱ロケット」(23分45秒)と山口 将之監督の「自転車と電車」(55分15秒)は、ともに高校生の進路選択の悩みを扱った作品でした。

先ず「憂鬱ロケット」は、地方都市?に住む女子高校生が、いつまでたっても進路を決められないでいる。
農家を営む父は、村役場の事務の仕事を勧めるが、面接の途中で飛び出してくる。

地元で就職するか、故郷を離れて都会に出て働くか?はたまた進学か?思い悩むが結論が出せない。
そんな閉塞感を打ち破る象徴として、ロケットが何度も映し出される。
ロケット

ある日少女は、自分が作った小さなロケットに点火して大空高く飛びださせる。
このロケットは、はたして現実からの逃避なのか、彼女の未来への飛翔なのか?
映画は明確に答えてはいない。

まあ、大体こんなお話しだと思います。
一方の「自転車と電車」は、自転車通学する高校生と、電車通学をする高校生は(共に男子)は、仲の良い友達、とある駅で毎日待ち合わせして、そこから学校までは、自転車の二人乗りで通学する。

自転車通学の男子は、進路指導の先生から進学を勧められ、なんとなくそうしようと思っている。
電車通学の高校生は、家業の後継ぎか、自分の好きな芸人になる道を選ぶかで迷っている。

好きを

家業の後継ぎをやめて、好きな道(芸人になること)を選んだ電車通学の高校生は、漫才の相方になってくれと、親友である自転車通学の子に持ちかける。

自転車通学の子は、母親と相談する。母は、「お前の人生なんだから、自分で決めた道を進めばいい」ときわめて明快な回答。

芸人への登竜門として参加しようと猛稽古に励む二人、しかし路上での稽古中に、ちんぴらに襲われて電車通学の子は怪我をする。

そのうち、脳梗塞で倒れた電車通学の子の父親が亡くなる。

二人は、再び駅で待ち合わせることはなかった。
ラストシーンは、自転車通学の子が右に進むと、すぎそばを電車が左方向に曲がってゆく様子をとらえて、二人の進路の違いを象徴的に表現して終わり。

こんな作品でした。

高校生の進路選択は、実に難しい選択だと思います。
二つの作品でも描かれているように、進路選択を左右する要素が厳然と目の前に立ちはだかります。

進路選択

・学力の格差
・所得階層間格差
・地域間格差
・ジェンダー格差

自分の力では、いかんともしがたい重たい課題だけに、映像化してみたくなるのでしょうね。
二つの作品ともに力作でしたが、これからも身近なテーマだけど、こうした重たいテーマを更に分け入った作品にして頂ける事に期待します。

大阪芸大の学生さんたちの撮った映画 ~「愛と、生きる」'a cer­tain LOVE'~

大阪芸大の学生さんたちの撮った映画上映会で見た作品の中で、もうひとつ印象に残った作品をご紹介します。

それは、石田 未来(ミク)監督が撮った、「愛と、生きる」'a cer­tain LOVE'です。
石田 未来と言っても歌手で元女優、元グラビアアイドルのあの人ではありません。

isida kanntoku

この方が、石田監督です。
彼の作品、「愛と、生きる」'a cer­tain LOVE'は所謂、セルフドキュメンタリーで、自身の父親と向き合った作品です。
作品は8㍉で撮られているようで、おそらく秒/18コマなのか、ちらつき感が独特の雰囲気を醸し出しています。

彼が描いた自分の父親は、53歳。転職を繰り返して今はスーパーの生鮮売り場での調理の仕事と、アルバイト。
一年365日のうち、360日働いても月収20万円程度。

家族は、妻(監督の母)と監督の兄弟一人、趣味もなければ友人もいない。
家族との会話も殆どない。
自分の両親とも10年以上連絡を取っていないので、監督が祖父母の家に電話をしますが、誰も出ません。

監督は、父の姉に電話をして祖父母の消息を聞きだします。
監督の伯母(父の姉)から祖母は数年前に他界し、祖父はついひと月前に逝った事がわかります。

息子(監督)は、父を故郷千葉への墓参に誘います。
はたして父子二人の旅は、どんな旅に.....

作品中、監督は、ただ働くだけの父の姿に、いったい彼は、なんのために生きているのだろうか?と問いかけます。
成長して、冷静に父を見つめる監督の視線は、ある意味酷なのだけれど、こうとしか生きようのない父を理解して、愛しているやさしさにあふれています。

作品中、監督と監督の母との会話が挿入されますが、そこでもお母さんが「未来は、バランスがいいから」と言う言葉が出ていました。

彼のバランスの良さが、この作品を生み出したのかな?とも感じました。

さて、私事ですが、私も今から、24年前、自らと、認知症(当時は老人ボケと言われていた)養母との関係、更には実父母との関係をも暴いたセルフドキュメンタリーを作ったが、その時もコンクールの審査員から、残酷さと養母への愛情が感じられたとの評を得たことがあります。

表現者は、自らをディソシエイトしなければと、常々思っていますが、又、こんなセルフドキュメンタリーをを作ってみたくなりました。

では、youtubeに「愛と、生きる」'a cer­tain LOVE'の予告編がありましたので、アップしておきます。
機会があれば是非前篇を見ていただきたい作品です。



あっ、話は変わりますが、昨夜、ある女性とお会いして、その方の半生のごく一部をお聞きしました。
中身は、かなりの人間ドラマがありそうで、シナリオ化してみたくなりました。

いつか、ドラマにして撮りたいです。

大阪芸大の学生さんたちの撮った映画上映会2010

大阪芸大の学生さんたちの撮った映画上映会に行ってきました。
会場は、近鉄電車の富田林駅から歩いて5分くらいのところにある、市立公民館です。

公民

公民館の二階に上映会場があり、階段の下には、こんな看板が

看板

二階にあがると、パイプ椅子がセットしてありました。定員は100人と言うことですが、午前10時55分の時点では、この程度の客入り。

IMG_2732.jpg

上映は、総てDVDで行われました。
上映作品は、ドラマ5本 ドキュメンタリー2本 立体アニメ3本 CGアニメ1本 特撮1本の合計12本です。

上映の合間に10分程度の休憩があるだけで、ほぼ連続上映状態でした。
映画を見に来るお客さんは、最初からこの作品と決めて来られる方もいらして、時間により変動していました。
おそらく、最初から最後迄、見たのは私だけだと思います。

それでも約5時間あまりのパイプ椅子は、お尻も痛いし、腰も痛い、おまけに少々寒かったので、少し疲れましたが、上映された12本は、こう書くと失礼かもしれませんが、いずれも想像を上回る出来映えで、感心しました。

上映作品は次のとおりです。

1.ドラマ『Re;rec』 (22分)  佐藤 純也監督
2.ドラマ『憂鬱ロケット』(23分54秒) 坂下 雄一郎監督
3.ドラマ『夏の灯』(25分26秒) 小森 茉季監督
4.ドラマ『自転車と電車』(55分15秒) 山口 將之監督
5.ドキュメンタリー『愛と生きる』(38分) 石田 未来監督
6.ドキュメンタリー『富田林寺内町』(8分) 市川 千里監督
7.特撮『VILITCE』(29分19秒) 作野 良輔監督
8.CGアニメーション『夢幻遊園ネバーランド』(30分) 村野 佑太監督
9.立体アニメーション『花とロボット』(6分) 宮口 友里監督
10.立体アニメーション『ねずみとり』(10分8秒) 小岩 洋貴監督
11.立体アニメーション『無敵のボク王国』(8分10秒) 永田 静監督
12.ドラマ『あんたの家』(43分40秒) 山川 公平監督

『憂鬱ロケット/坂下雄一郎』と『あんたの家/山川公平』は2009年10月に行われた、水戸短編映像祭にノミネートされ
『あんたの家/山川公平』は準グランプリに選ばれた作品だけあって、秀作でした。

監督の山川 公平さんは、讀賣新聞によると、大阪芸術大映像学科4年で27歳、元自衛隊員だったそうです。
この作品が初監督作品だそうですが、脚本も27歳とは思えないほど深みがあって、なかなかの才能だと思います。

出てくるのは、人工肛門(消化管ストーマ)を装着しないとならなくなった夫と貧しい家庭を切り盛りする妻。
狭くえ古いアパートの床に、人工肛門から漏れ出した糞尿をまき散らす夫。介護に疲れ嫌気が差す妻。

度々訪ねてくる借金取りにおびえる日々。
絶望しかけた妻は、ある日夫の首に手をかける・・・

作品の中で、サラ金の自動契約機で金を借りる場面があるが、これは妻が、市民会館のコーラスサークルの月謝にあてる金。妻がコーラスの練習をしている時間、夫はかつて児童施設に子供たちを慰問に行った際の、サンタクロース姿の自分が映るビデオテープを懐かしそうに眺める。

山川監督の独自の映像世界が表現されていて、他の作品を圧倒する存在感を示していました。
映画を通して「何かを伝えたい」そんな熱意が感じられるいい映画でした。

機会があれば、是非一度見て頂きたい映画です。
その他の作品については、明日以降書くことにします。


スケベエな企画にはすんなりOK??

今月のはじめに前歯が痛み出して、近くの歯医者で治療をしていました。
待合室には、数種類の雑誌が置いてあり、ふと手に取ったのが、『週刊現代』(1/13号)でした。

パラパラとページをめくっていて、目に止まって付いて読んだ記事がありました。
それは、<新春特別読み物 伝説のプロデューサーが明かす 有名女優たちの知られざる素顔>と言うタイトルの記事です。

伝説のプロデューサーとは、東映京都撮影所の日下部五郎氏で、『極道の妻たち』などの作品をプロデュースしています。

読み進むと、私には、女優のエピソードより、寧ろ撮影所関係者のエピソードの方が随分面白かったです。
例えば、元東映社長で現名誉会長の岡田茂氏はスケベエな企画にはすんなりOKを出したといいます。

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記事から引用しますと、
『岡田さんは東大卒のインテリのくせにドスケベでね。そこで、「これ(『鬼龍院花子の生涯』)は土佐の大親分が妻妾同居の生活を送り、正妻と妾の間を行き来してヤリまくる話です」と説明したら「そら、おもろい」と一発で話が通った(笑)。》とか《『復讐するは我にあり』は、もともと僕がやりたい企画だったんです。佐木隆三さんの原作を僕が気に入って、佐木さん夫妻を京都へ招いて接待した。深作監督でアクション調に撮ろうと思っていたんです。(深)作さんと二人で岡田さんに掛け合ったら、「バカもん! 連続殺人犯の話なんか暗くて当たるか!」と怒鳴られて、あえなく頓挫。それを松竹で、今村さんが撮ったわけです。ですから、今村さんを監督で考えた『楢山節考』にも、岡田さんはいい顔しなかった。「前に木下(恵介監督)さんが撮ってるやろ。エエ加減なもん持ってくるな」とボロクソですよ。そこで僕は、「社長、題は同じでも中身が違う。実はにっかつロマンポルノ10本分くらい、ドバーッと濡れ場があるんです」とハッタリをかました。社長は、「うわあ、そら、ええなあ!」と乗ってきました。そんなシーン、あるわけない。ちょっと脱いだ清川虹子に左とん平がのっかるだけなんだ(笑)。》、《要は、スケベな人のほうが女の喜びも哀しみも執念深さも知っているから、その経験が演出やホンに生きてくる。監督も俳優も脚本家もプロデューサーも、映画人はスケベのほうが向いているんです。』

私は、この記事を読んで、日活ロマンポルノの事をふと思い出しました。

日活ロマンポルノのを撮っていたある監督が、「ロマンポルノでは裸さえ出てくればどんなストーリーや演出でも何も言われず自由に制作できた」と語ったそうですが、ここの部分に見事に相通ずるところがあります。

さて、少し日本の映画史をひも解いてみます。
私が中学校時代まで、家のすぐ近くに日活の映画館がありました。
石原裕次郎、宍戸錠、葉山良二、津川雅彦、小林旭、赤木圭一郎、二谷英明、岡田真澄、川地民夫、待田京介、和田浩治、浜田光夫、山内賢、高橋英樹、渡哲也、藤竜也、杉良太郎そして地井武男等と並べると凄いなと改めて思います。

1957年~1960年にかけての映画最盛期には、映画館数は7,000館以上あったと言われていますが、1961年に入って、テレビの普及により、映画館の入場者数が減少し始めました。

私の手元にこんな資料があります。
1960年の映画館数 7,457館  入場者数 1、014、364人

1970年の映画館数 3,246館  入場者数   254、799人

映画館数は半分以下になり、入場者数に至っては、8割以上も減りました。

日活は、1971年にロマンポルノに路線を変更、1971年8月には大映が倒産しています。

ロマンポルノ以前に、ピンク映画と言うジャンルの映画があり、高校時代によく見に行きました。
映画館の切符売り場には、18未満お断りと張り紙があったような記憶がありますが、何故か「学生割引」で入場したことを覚えています。

日活ロマンポルノは、ピンク映画とは異なり、一つの文化として、我々世代の支持を得ていました。

鬼の撹乱??はたまた飲み過ぎか??

何年も風邪をひいた事が無かった私が、ここ数日の不摂生がたたり、不覚にも風邪をひいてしまいました。
今は、とにかく身体がだるくて集中力がありません。
ブログの更新もできないくらいなので、今夜は又、言い訳を今、書いています。

反省すべきは、御酒の飲みすぎ、これが何よりの反省点です。

明日から又、気持ちも新たにきっちり再開します。

これは、誰かに伝えると言うより自分への叱咤、激励でもあるの
です。

ストーリーテラーの意味

ストーリーテラーを辞書でひくと
「話のうまい人。筋の面白さで読者をひきつける作家。物語の進行役」とあります。
映像を編集する作業も同様で、そうでないといけないと思うんです。

引退したタレントの上岡龍太郎氏がラジオ番組でしゃべっていたことを思い出します。
うまいこと喋れるから、文章がうまいかと言うと、そうでもないし、文章が上手だからといって、喋りが上手かと言うと、そうでもない。理想は「書くようにしゃべれて、しゃべるがごとく書く」だと言っていました。

私の理想とする映像表現も、こんなものに一歩でも近づけたらといつも思っています。

自分が見て感動したものを、物語として、あるときは書き物のように正確に、そしてあるときは、人のこころに染み入るような語り口で伝わって行く。
そんな作家を目指したいと思うのです。

すみません。今夜は少し酩酊していまして、これだけ書くのがやっとです。

未来の巨匠を目指して ~大学の映像学科~

私が色々と映像について教わった、大阪の某民放プロデューサ氏(故人)は、日大芸術学部のご出身でした。
この方は、北関東のある自治体の広報映画を撮ってらしたと聞きました。

創成期のテレビ局には、映画経験者だけでなく、この方のように実に様々な職種の方々が、入り混じって番組を作ってきたと聞きました。
その分、非常にフラットで自由な雰囲気で創造活動に取り組むことが出来たようです。

一方、映画界は監督やスタッフの殆どを自社で育成して来たようです。
しかし、時代の変化とともに、日本でも外国のように専門の教育機関で、体系的に教育しなければならなくなって来ています。

話は少し変わりますが、先月、神戸元町でファンだった若きジャズギタリストが、故郷の石川県に帰ることになり、ラストライブに行きました。
ゲストプレイヤーとして演奏されたドラマーはニューヨーク在住の日本人ドラマーで、ニューヨークに勉強に来る、若いアーティストの面倒もよく観ておられるようでした。

そのドラマーの方が、「最近のミュージシャンは、NYに来てもすぐにバークリーだのなんどのと、学校で勉強する。確かに学校出れば、凄い演奏が出来るんだけど、スピリットを学んでいない。」とぼやいていらしたのが印象的でした。

それはそれとして、音楽をはじめとして芸能・文化関連産業においても、育成の問題は大きな課題だと思います。
吉本興業では、1982年から吉本総合芸能学院(通称NSC)を設立して、新人タレントの育成をしてるのは有名な話です。

さて、話を映画に戻しますと、一番古くから日本の大学で映像を教えていたと言うと、日大芸術学部でした。
古くは山本 晋也監督、最近では、羽住 英一郎監督や、私が好きな「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」を撮った松岡 錠司監督、俳優では真田広之さんや、今をときめく佐藤 隆太さんも卒業生です。

90年代以降になると、各地の大学に映像学科が新設されています。
例えば、武蔵野美術大学造形学部映像学科、大阪芸術大学映像学科、東京芸術大学大学院映像研究科、立命館大学映像学部 、東京造形大学、多摩美術大学等がそうです。

この他にもあるようで、30を超える大学、10を超える大学院で映像学を教えているようです。
映像を教える大学の一つである大阪芸術大学では、今週末の27日(土)と28日(日)に二日間、富田林市立中央公民館で作品を上映します。
daigaku

題して「芸大の学生さんたちが撮った映画上映会」で、南河内地域などで撮影・制作した12本や、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメなど幅広ジャンルの作品が上映されるそうです。
地元向けの上映会は今回が初初めてだそうです。

さて、どのような作品が上映されるやら、大変楽しみです。私は27日(土)のみ行く予定です。
この中から、未来の巨匠が生れればいいですね。

ドキュメンタリーそしてドキュメンタリードラマ

最近、テレビをゆっくり視聴する時間がありませんが、この二日間、割合に歯ごたえのあるドキュメンタリーとドキュメンタリードラマを見ました。


先ず、ドキュメンタリードラマですが、フジテレビ系列で放送された「3・20 地下鉄サリン事件 15年目の闘い~あの日、霞ケ関で何が起こったのか~」です。


サリン

フジテレビは、昨年も、松本サリン事件を題材にしたドキュメンタリードラマを放送しており、民放がオウム真理教に纏わる一連の事件を取り扱った事は評価に値するのではないでしょうか?

今回の「3・20 地下鉄サリン事件 15年目の闘い~あの日、霞ケ関で何が起こったのか~」では、ドラマとドキュメンタリーの複合と言う構成を使って、ドラマ部分で「地下鉄サリン事件被害者の会」の代表世話人も務めるシズエさん役を女優の原田美枝子さんが演じ、“自分が何もしなければ夫は浮かばれない”との思いを好演していました。

一方、ドキュメンタリー部分では、400回を超える裁判の傍聴日記や、当時事件に遭遇した人々、関係者の証言などを通して事件の真相に迫ろうとする姿勢が伺えました。

私が多感だった時代(60年代後半~70年代)には、優れたテレビドキュメンタリーがたくさん放送されていましたが、
所謂「やらせ」の問題や、連合赤軍浅間山荘事件(1972年)や、三菱銀行人質事件(1979年)、豊田商事会長刺殺事件(1985年)等が生中継されるようになって、次第に少なくなって行ったように思います。

しかし、最近、警官密着番組などが出現して来て、予定調和のドラマより、やはりテレビの本質は、真実を伝えるドキュメンタリーとの傾向もあると思うのです。

この事は、2001年のアメリカ同時多発テロが大いに契機となったように思います。
『華氏911』などはその典型でしょう。

ただ、映像作品に作者の意図を排除することは困難で、カメラの向きや、画面のサイズ、編集の仕方で、いかようにもなります。
見る側も、映像リテラシが上がり、全体としてはドキュメンタリーは以前ほど「真実」と近しいものとしては受け入れられなくなりつつあるはずです。

従って、ドラマとドキュメンタリーの複合と言う構成も大いにアリだと思うのですが、私は「3・20 地下鉄サリン事件 15年目の闘い~あの日、霞ケ関で何が起こったのか~」を通して、番組がテーマとしようとした遺族や被害者の悲しみや苦しみだけでなく、オウム真理教に纏わる一連の事件とは何だったのか?を考えるまでには至りませんでした。

そして昨夜、NHK教育テレビで、2009年10月に放送されたETV特集「死刑囚永山則夫 獄中28年間の対話」の再放送を見ました。
永山

この番組は、きっと見る人によって色々な見方が出来る番組だと思います。
死刑制度そのものを考える人もいるでしょうし、永山則夫を獄中結婚をした女性、「和美さん」の言葉を通して、「愛」について考える人もいるかも知れません。差別の問題、貧困の問題等など、実に様々テーマを私に投げかけて来ました。

私は、この番組を見て、1999年9月8日、東京都豊島区東池袋の東急ハンズ前で23歳の男が包丁と金槌で通行人を襲い、2人(66歳女性と29歳女性)が死亡し、6人が重軽傷を負った、池袋通り魔殺人事件。

2008年6月8日の秋葉原通り魔事件の事を思い出しました。
そして、嘗て学んだことのある「歎異抄」の第十三条の次のような言葉を思い出しました。

(前略)「たとへば、ひとを千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と、仰せ候ひしとき、「仰せにては候へども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともおぼえず候ふ」と、申して候ひしかば、「さては、いかに親鸞がいふことをたがふまじきとはいふぞ」と。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれども、一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし」と(後略)

最後に1974年。柳町光男監督により映画化された、中上健二の短編小説「十九歳の地図」から引用します。

「殺せ、打ち殺せ、そうだいつもの俺の前に立ちはだかるこの憎々しい虫けらどもめ。.......世界は俺自身のまぎれもないこの手によって裁断される。俺自身の中の世界の爆破!」

アニメ大国日本の背景 ~アニメ制作の人材不足と多国間工程分業~

分業

元通産官僚で、作家、経済評論家そして元経済企画庁長官等として知られる堺屋 太一の近著「凄い時代 勝負は2011年」に、次のような事が書かれていました。

グローバル化が進んだ結果、巨大ニア企業は国境を越えて工程別に立地を選ぶようになったのだ。
一つの事業を行うのには、大きく分けて八つぐらいの異質の工程がある。

・まずビジネスモデルを作る。
・それを実現するための技術の収集開発をする。
・製品の設計をする。
・部品に分けて製造をする。
・部品を組み立てて製品にする。
・出来た製品を配送流通させる。

巨大企業は、大きく分けても八つになる工程を、それぞれ最適の条件の地域(国)で行うようになった。
と言うのだが、どうやらアニメ大国日本の背景には、恰も工業製品の如く、工程分業(こう言う方が聞こえがよい?)
が進んでいるらしいのです。

讀賣新聞の2007年6月2日に掲載されたあるアニメーターからの投書は、先ず中国が国家をあげて、アニメや漫画産業の振興に力を入れており、大学へのアニメ学科の設置などの人材育成をはじめとして、国際競争力のあるビジネスとして
育てて行こうとしていることを紹介しています。

その後に、わが国のアニメ制作の現状を憂慮しています。
それによりますと、わが国では制作本数の多さから「人手不足」に陥り、一部が人件費の安い中国に発注されるようになったと書いています。

又、アニメーターの雇用環境が、出来高制から来る不安定な賃金や長時間労働、そのような環境から来る定着率の悪さ
など、楽しい映像の苦しい背景も書かれています。そして結びに、人材育成や雇用状況改善の支援を訴えていました。

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(写真はこのブログの記事とは関係ありません)

アニメーションの作る上でのコストは80%ぐらいが人件費と言われているそうなので、海外委託のメリットは、労働コストの低さに帰結するのでしょうか?

これではまるで、工業製品です。
楽しいひと時の夢物語を見せてくれるアニメ産業も、東映が「白蛇伝」を作っていた時代とは随分変わったんだなと驚かされてしまいます。

堺屋太一著「凄い時代 勝負は2011年」では、歌舞伎という産業を例に挙げ、歌舞伎が興行として成り立つのは、中心となる有名な役者や地方がいるからで、その数は100人くらいだそうです。

その100人の周囲に、端役の役者、大道具、小道具、評論家、劇場運営者などの中核の100人をサポートする職業の人が1,00人はいるそうです。

歌舞伎産業の裾野まで俯瞰すれば、歌舞伎でメシを食ってる人の数は、膨大な数に上るはずです。
この中核100人を失えば、何万人もの人が職を失うと書かれており、アニメ大国・日本の次の時代を担う監督やクリエイターたちをどう育てていくかが大きな課題ですね。

日本アニメーションの歴史 ~日本初の長編アニメ 白蛇伝~

私が小学生の頃、三菱ダイヤモンド・アワーと言うテレビ番組がありました。
1958 年~1970年代前半まで、日本テレビ放送網で毎週金曜日20時から21時に放送していました。
スポンサーが、三菱電機一社だったので、三菱ダイヤモンド・アワーと言う名前だったのでしょう。

この番組、当初、日テレではプロレス中継を毎週放送する計画を持っていたそうですが、スポンサーの三菱電機が、ディズニーランドの放送を強く要望したため、プロレスとディズニーランドをを隔週で放送していました。

私の父はプロレスが好きで、力道山の試合に熱中していました。
子どもだった私は、プロレスよりもディズニーランドの方が好きで、隔週放送なので、カレンダーを見ては、今週はディズニーランドだと随分楽しみにしていたものでした。

番組は、ウォルト・ディズニー自らが出演していて、日本語吹替えは確か黒沢 良さんだったと思います。
その日によって「未来の国」「おとぎの国」「冒険の国」「開拓の国」の4つの国の中からその国に関連した内容を紹介していました。

因みに1961年7月1日に開業し、2006年8 月31日に閉園した「奈良ドリームランド」は、日本ドリーム観光、松尾國三代表がディズニーランドに感激し、ウォルト・ディズニーに直接面会し日本に誘致しようとした事が建設のきっかけだと言います。

私は開園間もなく、母親に連れて行ってもらい、園内に作られた「未来の国」「幻想の国」「冒険の国」「過去の国」「メインストリート」の5つのエリアとテレビ番組のディズニーランドとがラップして感激した事を覚えています。

当時のディズニーアニメは、とても完成度が高く、『ファンタジア』(1940年)等には、もの凄く感動したものでした。



近年は、日本のアニメが国内はもとより、海外でも脚光を浴び、劇場、テレビ、DVD、ネット配信と拡大を続けていますが、当時は未だ、国産の長編アニメはありませんでした。

そんな中、東映は、独自に長編アニメ映画をつくることを計画していました。
それは、1958 年10月22日に封切られた東映動画『白蛇伝』でした。
アニメと言えばディズニー映画の時代に、東映は、日本でもアニメ映画製作のシステムをつくれば、一つの大きな産業になるのではないかという構想があったようです。

当時の社長は大川博と言う人物で、鉄道省の役人から東急の専務、そして東映の社長と一味違った経歴の持ち主で、この発想は、現代の日本アニメのパイオニアと言っても過言ではありません。

youtubeに『白蛇伝』の予告編がアップされています。
予告編には大川社長自らが出演して、ビジネスプランを語り、アニメーター達のスタジオでの仕事ぶりも紹介されています。

残念ながらリクエストにより埋め込み無効なので、『白蛇伝』からご覧下さい。

一方のデイズニースタジオのアニメ制作風景もyoutubeにありましたので、その違いを見てみて下さい。


『チャップリンの独裁者』 チャップリンのコメディアン魂

興行的成功の裏に、「モダンタイムス」は、ラッダイト主義(失業のおそれを感じた手工業者・労働者が起こした。産業革命に対する反動、労働運動の先駆け)と非難もあったようです。

「モダンタイムス」から三年後の、、1939 年8月23日、独ソ不可侵条約が締結され、同年9月 1日早朝 、ドイツ軍はがポーランドへ侵攻し、9月3日にイギリス・フランスがドイツに宣戦布告し、ここに第二次世界大戦が勃発したのでした。

チャップリンが「独裁者」の構想を抱き始めたのは、それ以前だったといいます。
もともとチャップリンは、「モダン・タイムス」の次回作として、ナポレオン・ボナパルトを主人公にした映画を構想していたと言われています。

しかし、エスカレートするナチスのユダヤ人迫害等から、描く対象が、ナポレオンからヒトラーに変わっていったようです。
この背景には、ユダヤ系ハンガリー人でイギリスの映画プロデューサーであるアレクサンダー・コルダのプランを受け入れ決断に至ったとされています。

当時のアメリカには、親ドイツ派もおり、ヒトラー批判がしずらい中、彼をして恐怖や憎悪のシンボルとしてではなく、笑い飛ばしてやろうとした発想や心意気には関心をしてしまいます。

「独裁者」は、チャップリンの「最初のトーキー作品」としても有名になりました。
私も30数年前、大阪梅田の劇場でこの作品を見たとき、ヒトラーと取り違えられた床屋のチャーリーが、人種の壁を越えた融和を訴えるューマニズムあふれる演説に強く感動しました。

「モダンタイムス」以降、台詞をしゃべれば自分は、並みのコメディアンと同じとの心配など、まったく感じさせない素晴らしい台詞でした。

チャップリンは自伝で、ヒトラーという男は、笑いものにしてらなければならない、血の純血民族などとの世迷いごとも笑いものにしたやりたかったと述べています。

チャップリンは、この映画でも当然、脚本・監督をつとめ、チャップリン・スタジオや、ローレル・キャニオンなどロサンゼルス近郊の各所で撮影されたそうです。

独裁者については、まだまだ書きたいことがあるので、いずれ書きたいと思いますが、今日はここまでにします。

「モダンタイムス」に見る時代の変化と創造者の苦悩 

トーキー映画が1927年に登場した中で、その約10年後の1936年当時に、サイレント映画を作っていたのはチャップリンぐらいだったと言われています。

そんな中で、1936 年チャップリンは、自らが監督・製作・脚本・作曲を担当して、『モダン・タイムス』を発表します。
チャップリンが初めて映画で肉声を発した映画としても有名です。
今から、30年以上前に、各地でチャップリンの映画がスクリーン上映され、私はよく観に行きました。

このモダンタイムスも当然観ましたが、映画の後半でチャップリンが、酒場でインチキ外国語で“ティティーナ”を歌うシーンでは、抱腹絶倒!笑い転げた記憶があります。
このシーンでチャップリン自身の歌声を聴くことができますので、ご存じない方は、こちらをご覧ください。



さて、話を昨日の続きに戻します。
チャップリンは自伝で、モダンタイムスに関して次のように語っています。

「ビヴァリィ・ヒルズへ帰ってみると、スタジオからうれしいニュースが入った。『モダン・タイムス』の大成功である。

だが、わたしはまたしても厄介な問題に直面した。
もう一度サイレント映画を作るべきかどうか、という問題だった。

もしやるとすれば、これは大ばくちを打つことになる。すでにハリウッド全体がサイレント映画を見捨てており、いまだにがんんばっているのはわたしだけだった。

これまでのところはうまく行っていたが、もはやパントマイム芸術がしだいに時代おくれになりつつあることを感じながら、相変わらずそれを続けるというのは、なんとしても気の滅入る仕事だった。

おまけに一時間四十分もつづく台詞抜きの動きを考えること、つまり言いかえれば二十フィートごとに機智を動きで表現し、目で見るジョークを創造しながら、七、八千フィートのフィルムをこなしきるというのは、並みたいていのことではなかった。

またこんなことも考えた。もしわたしがトーキーを作るとして、たとえどんなにうまくやったところで、とうていあのパントマイムを超えることはできないにちがいない。と。

たとえば、わたしの浮浪者が声を出すとして、そらならどんな声を出させたらよいか。ほんの簡単な片言だけしゃべらせるのか、それともただモグモグとだけしゃべらせたほうがよいか。いろいろ検討してみたが、無駄だった。

口をきいた瞬間から、わたしはほかのコメディアンと変わらなくなってしまう。こうしたいろいろと憂鬱な問題が、立ちはだかっていたのである。」
『チャップリン自伝』(中野好夫訳より)

この言葉に創作者ぬ苦悩が色濃く滲み出ています。
20世紀~21世紀までの企業主導の「大量生産・大量消費型」の近代工業社会を生きて行く上で、わたしたちは、人間の尊厳が失い、機械やシステムの一部分になって来たことは否めないと思うのです。

チャップリンは、トーキーの発達から近代工業社会の問題を見ていたように感じます。
人間が尊厳を奪われ、機械の一部分のようになっている世の中を実にうまく笑いで表現している場面があります。



さて時代は、21世紀「ポスト近代工業社会」の姿がいまだ見えてきません。
中国やインドなどの新興国の台頭が顕著になる中で、近代工業社会の変化を促す「ネット化」と、成長の限界を意識せざるを得ない「地球環境問題」が先進国の産業構造を揺さぶっています。

このような時代の変化を映画で表現できる作家の登場に期待するものであります。

サイレントへのこだわり ~エンタテイメントの多様性を求めて~

「チャップリン自伝」(中野好夫訳)を読んでいます。
自伝

この中にトーキー初期の事が書かれています。

「わたしがニューヨークにいるときだった、ある友人が映画におけるシンクロナイゼーションの実験を見せられてきて、これはもう近い将来に全映画産業の革命がくると予言したのである。」
としながらも、当時の録音技術の稚拙な音響技術を痛烈に批判し、M・G・Mが作ったオールトーキー映画「ブロードウェイ・メロディ」が退屈な安っぽい映画だとこきおろしつつも、時代の移り変わりを敏感に感じ取っていた様子が書かれています。

当時、映画館という映画館が、すべてトーキー用の設備を始めとありますが、これは現代の映画館が、3Dスクリーンへの設備投資を進めていることと通じるものがあります。

しかし、チャップリンは、そんな時代の大きな変化の中でも、サイレント映画の「こだわり」がありました。

「だが、わたしはあくまでもサイレント映画をつづける決心をした。娯楽というものには、あらゆるタイプが存在しうるという確信があったからである。それにもともとわたしはパントマイム役者だった。

その限りでは誰にもできないものを持っていたつもりだし、心にもない謙遜を抜きにして言えば、名人というくらいの自信はあった。そんなわけで、次の作品も、相変わらずサイレントで「街の灯」を出した。」
チャップリン自伝(中野好夫訳より)

映画的テクニック(モンタージュ)が生まれる以前の「生身の人間」が演じる面白さを追求したチャップリンに本物のentertainment(人々を楽しませる娯楽のうち、特に演者の技能を鑑賞することを主体とした見せ物、出し物、余興など)を強く感じます。

youtubeにチャップリン「街の灯」 制作秘話が4本アップされていますので、一挙紹介しておきます。









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追撃!!『iPad』!!

私は、ipodもiphoneも持ち合わせておりません。
無論、ipadは当然持っておりません。

持たない理由は、いずれWindowsで動く同じようなものが出てくると思っているからです。
そう思っていたら、2010年3月10日にHP社からWin7搭載タブレットが発表されました。

価格や発売時期などの詳細はまだ明らかにされていませんが、米Apple社の『iPad』は米国で4月3日に発売される予定で、価格は499ドルからと言うことですから、おそらくライバルとしては、同等かなと推測しています。(日本での発売時期は4月末予定との事)

HP社のものは、全面が静電容量方式タッチスクリーンで、ピンチ/ズーム操作が使えるようです。
デザインはiPadに似ています。

この商品、「Slate」とネーミングされていて、ブラウザーや、インターネットラジオ・サービス『Pandora』などのアプリケーション、音楽プレーヤーなどに素早くアクセスできるアイコンが用意されています。

youtubeに紹介された動画では、MTVのビデオ、Flashで設計されたウェブベースのゲーム、写真編集ツール、『New York Times』紙のデジタル版などを利用する様子が紹介されています。



Dell社でも、タブレット製品の発売を発表しているので、追撃!!『iPad』!!ってとこですか?




『東京タクシー』ディレクターズカット版

昨夜は、旧大阪大学医学部附属病院(阪大病院)跡地に、2008年6月23日から放送を開始した朝日放送(Asahi Broadcasting Corporation)新社屋内にあるABCホールで、アジアン映画祭最終上映『東京タクシー』を見てきました。

ほたる

この周辺を「ほたる町」と呼ぶそうで、水都・OSAKA α プロジェクト推進協議会によって名づけられた街区の名称です。
堂島川に面した旧・大阪大学医学部附属病院跡地の再開発計画により誕生した複合施設及びその地域一帯を指します。

お洒落な飲食店やクリニック等がありました。

上映に先立ち、キム・テシク監督が舞台挨拶「大阪のお客さんは、怖い、前作「妻の愛人と会う」では、途中で帰ってしまった人が居た」等のエピソードを暴露して、会場を沸かせます。

きむ

さて、この東京タクシーと言う映画ですが、売れないロックバンドをやっている青年が、韓国で開催されるロックフェスの出演依頼を受けますが、彼は飛行機恐怖症。
困り果てた彼は、なんとタクシーで韓国のソウルに向かうことに。
中年のタクシードライバーを巻き込んで、東京、釜山、ソウルと、国境を越えてジャパン・タクシーが疾走する! とう言うロードムービーなのです。

監督んも説明によると、10年程前に、一人で車で東京からソウルまで旅行をしたことがあろそうで、その時の経験をもとにシナリオを書いたそうです。
総予算が一千万円ほどで、作品としての深みが十分でないと思いますが、これからも国のシステムや言葉ではなく、心のコミュニケーションをとって映画を創りたいとの言葉は素晴らしいと感じました。

っき

主演は、ロックバンド、THE BACK HORN(ザ・バックホーン)のボーカリスト 山田 将司(やまだ まさし)さん。
彼は下の名前が私と字まで同じなので、親近感を覚えます。

タクシードライバー役は、山崎 一(やまざき はじめ)さん。
色んなドラマに出ているので、ご存じの方も多いと思います。なかなかいい味出していました。
それから、とても美しい韓国女優のユ・ハナさんが彩りを添えていました。

私の見た東京タクシーの感想

・低予算で、非常によく頑張って大変面白い作品に仕上がっていました。
上映前の舞台挨拶で監督自身がお話しされていましたが、この作品、もともとテレビ用に制作されたとの事で、劇場大画面では、少々つらい部分もありました。

・前々日のシンポジウムでも出ていましたが、この映画、実は東京でのロケシーンがきわめて少なく、そのほとんどが釜山で撮影されています。
東京でも、規制が緩和され、少ない費用で撮影が出来たなら、もう少し作品に厚みが出せたような気がてなりません。

・とにかく、発想が素晴らしいし、ユーモアも国の隔てなく面白い。

・私も、自分の身の周りからヒントを得て面白いシナリオを書いてみたくなりました。

・これからの活躍に更に期待します。

因みに、この作品、2009年10月に開催された「第14回釜山国際映画祭」にも特別招待されています。

アジアの監督たちと中之島クルーズ

昨日(3月13日)のアジアン映画祭は、アジアの監督たちと中之島クルーズに行こう!と言うことで、ABC朝日放送新社屋前の「福島港(ほたるまち港)」から中之島を一周する楽しい船旅が催され、私も参加してきました。
16:30出航で、コースは、ほたるまち港~堂島川~大川(川崎橋でUターン)~土佐堀川~ほたるまち港の約1.5時間のクルーズです。

定刻前に港に着くと、船は既に着岸していました。

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この船、大阪市北区中之島の一本松海運株式会社が運航しており、落語家の案内で、水都・大阪を川から探検するツアー「落語家と行く なにわ探検クルーズ」をやっています。

私も二十数年前、讀賣テレビのイベント(撮影会)で、落語家の故 2代目 露の五郎兵衛(当時は露の五郎)師匠所有の船で、枚方あたりまで往復し、毛馬の閘門も通ったことがあります。
無論、船内では落語が披露され、とても楽しかった思い出があります。

どんなゲストが来られるかは当日のお楽しみと言うことだったので、誰が乗船してくるかわくわくしていますと。
先ず目にとまったのが、女優の裕木奈江さんです。続いて俳優の渡辺広さん。

この日はお二人が出演したホワイト・オン・ライス(White on Rice)がABCホールで上映され、舞台挨拶に出ていらしたようです。
当然、デイヴ・ボイル監督もご一緒でした。

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マレーシアからは、パパドム ~パパの味~ えお撮ったアフドリン・シャウキ監督

あふどり

アフドリン・シャウキ監督は、俳優、コメディアン、音楽家、司会者とマルチな才能を持つ鬼才です。
大きな身体で、ジョークを飛ばして船内を和ませます。

韓国からは、前日の師シネ・ヌーヴォでもパネリストとして出ておられたキム・テシク監督

kim

その他、多彩なゲストで、船内はとってもグローバルです。
福島港(ほたるまち港)を出た船は、東に進みます。途中「大江橋」や「水晶橋」では、船にバラスト水を入れて、船体を低くして橋下を通過するなど、船旅としても楽しめます。

そして、普段見慣れている大阪の町並みも、船上から見る大阪は一味違って見えます。
船のルーフはスライドして開き、弥生三月の春風をいっぱいに呼び込んで快走します。

帰路は、ジャンケン大会で盛り上がりました。

アフドリン・シャウキ監督のマレーシアのジャンケンは、グー(岩)、パー(水)、チョキ(鳥)を意味しているそうで、勝ち負けは日本と同じです。

私は、一度も勝てなかったのですが、サイン入りポスターを、ジャンケンに勝った人から譲ってもらいました。

さて、今日はキム・テシク監督の「東京タクシー」を見てきましたが、その感想は、明日書きます。
いずれにしても「大阪アジアン映画祭2010」は、本日をもって閉幕です。

使いやすい Movie Writer Pro2010

VideoStudio Ultimate X3体験版では、ディスクへの書き込みがどのようにするのか試してみました。

先ずは起動します。
そうすると、この画面が出てきます。

起動

この画面「Corel VideoStudio Proランチャー」と呼ばれるそうで、画面右下の「書き込み」を選択します。
Movie Writer Pro2010が立ち上がると、画面の上に書き込み作業のステップがあります。

左から順に、「取り込み」→「作成」→「コピー」→「印刷」→「出力」です。
ここでは、「取り込み」の説明は省略して、「作成」から話しを進めます。

マウスを「作成」の所に持ってゆくと、ディスクの種類を聞いてきます。
(下の写真参照)
90


ディスクを選んでクリックすると
作成1

この画面下の「スタイルを選択」から好みのスタイルを選びます。
これがいいなぁと思ったスタイルをクリックすると、プレビュー画面に表示されますので、自分の作品に合ったスタイルをい選びます。

その後、右下の「写真とビデオを選択」ボタンを押すと。
こんな画面になるので、ディスクに書き込みをしたいファイルを画面下にドラッグします。


作成3

次は、画面右下にある「メニュー編集」ボタンを押して次に進みます。

作成b


この画面で、メニューの総てが編集できます。
チャプターの作成、メニューへのテキストの追加、メニュー画面のBGM、トランシジョン選択、装飾や背景の変更
等の他に、スタイルの変更もここから出来ます。

更にメディアの追加も出来ます。
これは以前リポートしたDegital Studio2010と同じもので、GUIが大幅に変更されて、非常にわかりやすく、使いやすいものになっています。

「アジア映画のさらなる交流へ~ロケ地としての大阪の可能性~」

今日は昨日の続きで、ビデオスタジオ最新版の体験版リポートを書く予定をしていましたが、午後から、大阪市西区九条にあるシネ・ヌーヴォで開催された、特別シンポジウム「アジア映画のさらなる交流へ~ロケ地としての大阪の可能性~」に行ってきましたので、どうしてもそちらを書きたくなり、急遽変更しました。

シネ・ヌーヴォは、地下鉄中央線 九条駅を降りて5分も歩いたところにあります。
正面横のポスターには、”最も日本的な美しさを備えた女性と言われた田中絹代の生誕100年を記念し、生涯の出演・監督作品250本の中から26本を一挙上映!”とあり、この映画館のポジションがすぐに分かります。

シネヌーヴォ

16時30分、そう広くない客席は、大体満席になりいよいよシンポジウムが始まります。
司会は、上野昂志さん(批評家、映画評論家)で、パネリストには、寺脇研さん(ジャパン・フィルムコミッション理事長、京都造形芸術大学教授)、吉村誠さん(映像産業振興機構〔VIPO〕大阪事務所長、宝塚造形芸術大学教授)
『東京タクシー ディレクターズ・カット版』監督のキム・テシクさん

タクシー

釜山フィルムコミッション代表、映画監督のパク・カンスさんでした。
冒頭、パク・カンスさんから、釜山フィルムコミッションについて説明がありました。
日本でも2009年4月にジャパンフィルムコミッションが立ち上げられていますし、各地の自治体事業としており、大阪でも大阪ロケーション・サービス協議会等があります。

しかし、パク・カンス監督から説明された釜山フィルムコミッションは、相当違ったものでした。
釜山フィルムコミッションは1999年、映像や映画のインフラが何もない釜山で、行政と映画制作を繋ぐ支援として設立され、これまでに延べ400本以上の映画が釜山で撮影されています。
その後も撮影スタジオの建設や、ポストプロダクションセンターの開館などが続き、400億~500億ウォンの経済効果とともに、釜山をして「映像産業都市」にならしめ、更には映画人の育成にも大きな貢献をしたと言うではないですか。

つい先日、私は山田洋次監督と、立命館大学、そして京都市のコラボレーション映画「京都太秦物語」を見たばかりなので、この落差には随分驚きました。

我が国の産業構造の転換が叫ばれる中、韓国ではいち早く、こうした文化や知識産業への積極的取り組みが進んでいることに驚いてばかりいられません。

先頃、北野 武監督が、フランス芸術文化勲章の最高章コマンドゥールが授与されたように、日本映画の水準は高いものがあります。

我が国でも産業としての取り組みをすることで、映像文化の発展と同時に大きな経済効果も生み出すはずです。
景気回復の一つの施策として、尚いっそう映画産業の振興を期待します。
シンポジウムは、ロケ地としての大阪の魅力を掘り下げたものにはならなかったのですが、大阪には映画にしたい町並みや風景がたくさんあります。
大阪が釜山のように、映像産業都市となることを臨んでいる人は多いのではないでしょうか?

さてアジアン映画祭2010、明日私は、アジアの監督と行く中之島クルーズを楽しんだあと、キム・テシク監督の『東京タクシー ディレクターズ・カット版』を見る予定です。
又、このブログでリポートします。


Corel VideoStudio Ultimate X3 体験版リポート

昨晩「Corel VideoStudio Ultimate X3」の体験版をダウンロードしてみました。

起動時の画面はこれです。
きどう

「簡易編集」は、従来のバージョンの「おまかせモード」で、テンプレートに沿って、簡単に動画作成出来るもので、好みの写真を並べるだけで、いとも簡単にスライドショーが出来てしまいます。

これなら、新郎・新婦の幼い頃からの写真をデジタル化して、初心者でもプロフィールビデオが出来そうです。

フル編集画面はこんな感じです。

亀

黒を主体としたシックなGUIで、なかなかいいです。

これまでのシリーズでは、編集のステップを、キャプチャ→編集→エフェクト→オーバーレイ→タイトル→オーディオ→完了と7つのステップにしていましたが、今回は、取り込み→編集→完了にスリーステップに簡素化して、プレビュー画面の右に、上からメディア→トランシジョン→タイトル→カラー/装飾→フィルター→オーディオと縦に並べてあり、大変わかりやすく、使いやすいものに変更されています。

私が気になるトラックの数なんですが

ビデオトラック 1本
オーバーレイトラック 6本

タイトルトラック 2本
ボイストラック 1本
ミュージックトラック 3本

とかなり充実しており、私の場合、特にオーディオトラックが合計4本もあるのは、大変嬉しいです。
これで、これまで現場音にナレーション+音楽しか出来なかったのが、SEを入れたりと多彩な編集が可能になります。


トラック

フィルタは、以前のシリーズより、かなり充実していて、表現の幅が大きく広がりそうです。
ただ、おもしろいからと言って多用は禁物!!

やはり編集は「カットつなぎ」に始まって「カットつなぎ」に戻るものだと思います。
トランシジョンやフィルタに頼ることなく、撮影の段階からしっかりした理論や技術を持って臨んで欲しいと思います。


フィルタ

とは言え、今回の製品についた新たなフィルタである、「オートスケッチフィルター」は、写真や動画をスケッチするような描画効果を実現すると言うので、取り敢えず試してみました。

それが、これです。



まあ、使いようによってはおもしろいものが出来るかもしれませんね。
この続きは又。

Corel VideoStudio最新版

ユーリードシステムズによって開発、販売された高機能な映像編集ツールで、日本での圧倒的なシェアを誇るビデオスタジオですが、2008年に発売されたビデオスタジオ12以降は、 Digital Studio™ 2010が発売されましたが、こちらは所謂「統合ソフト」で、中級者以上の人には、少々物足りない商品でした。

そこで、シリーズの最新版となる「Corel VideoStudio Ultimate X3」と「Corel VideoStudio Pro X3」を4月16日から発売します。
対応OSは、Windows XP / Vista(32/64ビット) / 7(32/64ビット)です。

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主な特徴は
・多彩な効果やテンプレートを使って"プロ並み"の本格的な映像が作成可能
・パン&ズームやオーバーレイ、トランジションやクロマキーを使った合成など、タイムライン上の複数トラックに各種効果を配置して、こだわりの映像を作ることができる。
・高精細なハイビジョン映像でも高速に変換可能。
・ブルーレイディスクへの書き込み対応。
・UIを一新、キャプチャ、編集、完了の3ステップがタブ表示になった。
・画面左上にプレビュー画面、右上にトランジションやタイトル、カラー/装飾、フィルターなどの効果が直感的に配置。
・26種類のテンプレート(ダウンロードでさらに追加可能)に使いたい動画や写真を置き換えるだけで簡単動画作成が可能。
・コンテンツボタンと呼ばれるダウンロードボタンも追加されており、テキストアニメーションやフォントパック、テンプレートなどを随時ダウンロードすることも可能

又、Ultimate版の新機能として、
・56種類のNewBlueフィルターを追加。
・撮影した映像に映り込んだ人物や車のナンバーなどおに部分モザイクをかける「部分モザイク」
・ピクチャインピクチャ
・サンプラーエフェクト
・音声に対する補正や効果を適用できるオーディオフィルター
等もついています。

そのほかに、
・HDV/AVCHDでの撮影日情報の取り込みに対応。
・取り込んだ撮影日をタイトルとして取り込み、各種エフェクト、アニメーションの適用も可能になっています。

私は、早速、体験版を同社Webサイトからダウンロードしましたので、順次評価をリポートします。

全米No.1!HD対応ビデオ編集ソフト

3月19日から株式会社ジャングルは、ハイビジョン対応ビデオ編集ソフト
「Pinnacle Studio 14 HD」シリーズ 3製品をより発売すると発表しました。

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「Pinnacle Studio 14」シリーズは、全米シェアNo.1のハイビジョン対応ビデオ編集ソフトで、
ドラッグ&ドロップとマウス操作でビデオ編集ができるので、誰でも簡単にビデオ編集ができると言うのが
うたい文句です。

シリーズ3製品のそれぞれの特徴を要約すると。

1.「Pinnacle Studio 14 HD」
・アナログからフルHDまでの動画の取り込み、編集に対応。
・DVDへの出力可能。
・編集した動画をYouTubeへアップロード
・iPodやPSP用への出力で、どこでも動画鑑賞ができる。
ネットで調べた価格:4,924円 (税込)

2.「Pinnacle Studio 14 HD Ultimate」
・アナログからフルHDまでの動画の取り込み、編集に対応
・DVD及びBlu-rayへの出力ができる。
・DolbyDigital5.1サラウンド出力に対応。
・自在にタイトルを変形できるモーションタイトル機能を搭載。
・キーフレームビデオエフェクト機能の搭載、こだわりのシーンを作りたい人向けの製品。
ネットで調べた価格:¥ 8,624

3.「Pinnacle Studio 14 HD Ultimate Collection」
「Pinnacle Studio 14 HD Ultimate」の持つ機能に加えて
・「映像の色調を総合的に調整/補正」
・「光源を作成し荘厳なイメージを演出」
・「自然界にある様々な粒子をエミュレート」
・「3D空間に光のストロークラインを生成」といった、プロ仕様のビデオプラグイン。
・クロマキー合成用のビデオを撮影する際に便利な背景布(グリーンシート)を同梱。
ネットで調べた価格:10,324円 

一度使ってみたいソフトです。

映画「暖簾」に見る 死の描かれ方

一昨日見た映画「暖簾」について、書きたいことがあるので、もう一度書きます。

この映画では、人が死ぬ場面が二度出てきます。
最初は、中村鴈治郎(中村 玉緒の父)扮する、浪花屋利兵衛の臨終の場面です。

浪花屋利兵衛が、床に仰向けに寝ています。周囲を浪花千栄子扮する浪花千栄子(浪花屋利兵衛の妻)、浪花屋の跡取り山茶花究 (浪花屋信之助)とその妻、 汐風享子(浪花屋ゆき)が心配そうに顔をのぞき込んでいます。

そこに大旦那の異変を聞いてかけつけた、のれん分けして独立した森繁久彌(八田吾平)と浪花屋利兵衛の姪で、八田孝平の妻 山田五十鈴(八田千代)が加わります。

浪花屋利兵衛が集まった家族や縁者に何事か言葉を出しますが、ろれつが回らず、何を言っているかよくわかりません。

すぐに浪花屋利兵衛は、目を閉じて大きな「あくび」を死はじめます。
とその時、浪花屋の跡取り山茶花究に、こんな台詞があります。
「あかん、死ぬ前にはあくびするっちゅうさかいに、もうあかんわ!」

この場面、BGMがあるわけでもなく、人の死が非常に淡々と描かれています。
最近は、病院で息を引き取る事が多くて、人の死に際を見ることが随分少なくなったと聞きます。

この場面で描かれていた人の死に際は、50年以上も前に私が祖祖父の死を見たときと重なり、非常なインパクトを受けました。
最近の映画、特にテレビドラマの死の描かれ方が、どうなのか事例を今はあげられませんが、ことさらにドラマチックに表現しているような気がしてなりません。

あくび


それから、この映画には、もう一つ死に際を描いた場面がありました。
それは、八田吾平の次男 孝平(森繁久弥の二役)が戦争から復員して新生波華屋の店開きの日、突然の病魔に倒れた吾平、遺体を囲む家族、家族は、思い出を語りながら順に「末期の水(死に水)」をとって行きます。
茶碗に入れや水を、新しい割箸に脱脂綿をつけ、白い布でくるんだものに水を浸し、そっと唇に押し当てるシーンなど、ついぞ最近みたことがありません。

しにみず


そして、次男 吾平が父の手のひらを開くと、そこには僅かばかりの塩が、吾平がつぶやきます。
「親父は、とうとう塩こんぶになってしもうたわ」と。

川島雄三監督は、この映画の5年後に45歳でこの世を去って行きますが、この映画に描かれた「無常観」のような死の描き方は、監督がこの時既に自らの死を意識していたのではと、思わせる描き方だと感じるのです。

是非、もう一度見てみたい映画の一つです。

産学官コラボ映画 ~京都太秦物語~

昨日の大阪シネマフェスティバルの続きです。
午後3時からは、先の第60回ベルリン国際映画祭フォーラム部門で話題になった、山田洋次・阿部勉監督の『京都太秦物語』が上映されました。

上映に先立ち、ヒロインの東出京子役の海老瀬はなさんが舞台挨拶をしました。
はな

大変、可愛い女優さんで、上映前から期待が膨らみます。
物語は、京都太秦、大映通り商店街にあるクリーニング店の娘である東出京子(海老瀬はな)は、立命館大学の図書館司書をしています。

近所の幼なじみの梁瀬康太(USA)は豆腐店の息子で、アルバイトをしながらお笑い芸人を目指してオーディションを受け続ける日々。

ある日、京子は図書館で白川静文字学を研究する榎大地(田中壮太郎)と出会います。
学問一筋の大地は、京子に一目ぼれしてしまい、研究への一途な態度と同じ情熱を、京子に注ぎはじめます。

一途な榎大地の求愛に戸惑う京子、榎大地が京都を離れて北京への旅立ちの前日、榎大地は強く京子に付いてきてくれるよう懇願し、東京行きの新幹線の切符を手渡します。

明くる日京子は、早朝から京都駅に嵐電で向かいますが、東京には行かず「太秦」に戻ってきます。

うずまさ

ざっと、こんな物語なのですが、物語の間に、長い映画の歴史を誇る京都太秦商店街の人たちが、映画再興の熱い思い
を語るインタビューも交えて、ドキュメンタリー的な部分もあります。

そのような映画なので、前半は物語の世界になかなか入って行けなくて、しばし戸惑いました。
又、ヒロイン京子や幼なじみの梁瀬康太役のUSAさんの両親役は、本当の太秦商店街が演じていて、台詞はうんと少なくしてある脚本なのですが、やはりこちらも映画の世界に感情移入しにくかったです。

学園祭のシーンで、山田洋次監督が映っているので、探してみて下さいと、海老瀬はなさんが言っていたので、必死になって探しましたが、私は見つけることが出来ませんでした。

同伴で見ていた人が見つけて、私に教えてくれたところによると、学園祭で行われていたプロレスシーンで観客席に映っていたそうです。

山田

映画の出来映え云々は別にして、22名の学生が本物の映画作りを実際に経験出来た事は、私は非常に素晴らしい事だと思うのです。

アメリカでは、インディペンデント映画界の登竜門として知られるサンダンス映画祭等があり、クエンティン・タランティーノ、ジム・ジャームッシュなどの映画監督の知名度を上げました。

また『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』『セックスと嘘とビデオテープ』『ソウ』などのインディペンデント映画を有名にもしています。

日本でも、こうしたコラボレーションが、広がって、若い映像文化の担い手の出現に期待したいものです。

川島雄三監督と森繁久弥

夕べは仕事が遅くなり、午前3時前に就寝。
うとうとしたかと思うと目覚まし時計に起こされて、眠い目をこすりつつ谷町四丁目(大阪市中央区)の大阪歴史博物館にと出かけました。

rekisi

駆け足で4階ホールに、「大阪アジアン映画祭2010」のスケジュールの一つである、おおさかシネマフェスティバル2010が、今日と明日開催されるので、行ってきました。

今日は二部構成になっていて、一部は森繁久弥追悼特集と題して、昨年11月10日に亡くなられた森繁久弥さん主演映画二本の上映と、故人と親しかった作家の、藤本義一さんのトークショーがありました。

着席して間もなく、藤本義一さん脚本の「喜劇 駅前競馬」が上映され、主演の森繁久弥さんはもとより、共演のフランキー堺さん、伴淳三郎さん、三木のり平さん等の芸達者に会場は、笑いに包まれました。

上映が終わると、舞台には作家の藤本義一さん。

藤本

藤本さんは、1933年大阪府生まれで、終戦時に入院していた両親に代わって闇市でレポ屋として家計を支えた頃のお話や、大阪府立大学の一期生で入学して、教師を目指していた話し、映画や演劇が好きで大学在学中からラジオドラマ、その他の脚本を書いていた話し。

それから、俳優としての森繁久弥さんの素晴らしさや、交遊のエピソード等々、「昭和」と言う時代を強く感じるお話しばかりでした。

藤本さんは、テレビドラマの脚本を経て、宝塚映画撮影所、続いて大映に入社。
ここで川島雄三監督に出会います。

川島監督は、森繁久弥さんが敬意を評する監督の一人だそうで、1918年生まれといいますから、藤本さんより15歳年上
青森県出身で、明治大学専門部文芸科卒業後、松竹大船監督部に入社。
島津保次郎、吉村公三郎、小津安二郎、野村弘将、木下惠介らの助監督を経て、1944年、監督昇進試験主席合格ののち織田作之助原作の『還って来た男』で監督デビュー。

川島織田

上の写真を見ても、当時の文化人のダンディズムがいいですね。
話しは変わりますが、私は幼い頃よく、両親に千日前の自由軒に連れて行ってもらいました。
自由軒は、明治43年に、大阪初の西洋料理店としてオープンしたお店で、お店には、昔から織田作之助が愛した名物カレーと書かれていて、私はここの「名物カレー」が大好きでした。つい先日も東京からの客人を、ここに案内したところです。

さて、話しを元に戻しますが、藤本義一さんは、川島監督に師事して脚本の手伝いをするようになり、監督から映画の様々なことを学んだといいます。

監督のエピソードで驚いたのは、監督が筋萎縮性側索硬化症に冒され歩行等に障害を有していたお話しです。
東京芝の日活アパートの自室にて急死。直接の死因は肺性心。享年45だったそうです。

藤本さんは、監督の解剖に立ち会った時の印象などもお話しされ、私は一気に川島監督への強い興味が沸いてきました。

午後3時からは、その川島監督作品「暖簾」の上映です。
もれ

「暖簾」は、沈まぬ太陽で話題の山崎豊子、脚本 川島雄三 八住利雄 キャストは
森繁久彌
山田五十鈴
小原新二
環三千世
中村鴈治郎
浪花千栄子
山茶花究
乙羽信子


あの参議院議長だった扇 千景もちょい役で出ていました。
物語は、昆布屋を営む大阪商人の戦争を挟んだ波瀾と苦難の道程を描いた商人一代記なんですが、とにかく森繁久弥さんの演技がすごすぎるぐらいすごい!!

しかし、森繁さんの演技もさることながら、川島監督の演出にもとても感心をしました。
それは
・テンポがよく洒脱な演出
・周囲の音をうまく取り込む音の演出
(台風の風の音、祭りの音、米軍の飛行機の音など9
少し映像に勝るくらいのレベルで入っているのですが、これが結構演出効果を上げているように感じました。
・フレーミングの素晴らしさ

この作品、滅多な事では映画館では見れないと思うので、今日はとても得した気分でした。

動画サイトからスピード違反発覚

今朝の讀賣新聞(関西発)32面に次のような見出しの記事がありました。
「188㌔暴走 動画サイトでばれた」です。

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記事によると、大型オートバイで和歌山県内の高野龍神スカイライン(国道371号)を時速188キロで走行するバイクの動画が、「ユーチューブ」など複数の動画投稿サイトで紹介され、「猛スピードで走るバイクの動画が流れている」との通報を受けて、警察庁科学警察研究所が風景の流れ方、走行距離、時間を特定して速度を算出。

投稿者を割り出して、容疑者を突き止めたと書いてあります。
インターネットの、同署などが動画を解析した。投稿サイトの動画を基にした速度違反の摘発は勿論、全国で初めてだそうです。

容疑者は昨年8月16日、同スカイラインの同県かつらぎ町―有田川町間の約10キロを国産1300ccのオートバイで往復。指定速度50キロの区間を188キロで走行したそうです。

カメラは燃料タンクに固定され、車載カメラとして撮影されたそうで、不謹慎を承知で書くなら、非常に迫力ある映像だったに、違いありません。

昨日も書きましたが、カメラの小型化は、予想も出来なかったおもしろい映像をもたらしてくれますが、捕り鉄が電車を止めるなど、時にモラルの逸脱が見られます。

カメラを持てば、何か特権階級にでもなったような気分になるのは否めませんが、自重したいものです。

それにしても、youtube動画から、速度違反を断定した警察庁科学警察研究所ってすごいなぁと思い、ググってみると、その業務概要には、次のように書かれていました。

「科学警察研究所は、科学捜査についての研究・実験及びこれらを応用する鑑定・検査、犯罪の防止及び少年非行防止についての研究・実験並びに交通事故の防止その他交通警察についての研究・実験を行っている。 これらの業務対象は広汎にわたるため、生物学、医学、化学、薬学、物理学、農学、工学、社会学、教育学、心理学等の専門的知識・技術を有する研究職員が、それぞれの専門に応じた部門に配置され活動している。」

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警察庁科学警察研究所と言えば、2009年5月23日から同年7月11日までTBS系列で、毎週土曜日に放送された『MR.BRAIN』を思い出します。
キムタク演じる主人公、九十九龍介は元ホスト。
その後、脳科学の研究者となり、科警研に引き抜かれて、テロや誘拐などの難事件を担当。
犯人との虚々実々の駆け引きを通じて事件を解決していくという荒唐無稽なストーリー。

全8回の放送で、平均視聴率は20%と人気を呼んだようです。
警察庁科学警察研究所 (通称・科警研) に期待するところ大です。

新型コンパクトデジタルカメラのフルハイビジョン映像

最近のテレビCMで、私が非常に気になるのが、V6の岡田准一さんが出演するソニーのデジタルカメラ「サイバーショット」の新しいCMです。

フルハイビジョン動画(AVCHD記録)機能を搭載したコンパクトデジタルカメラのクオリティーをアピールするため、「サイバーショット」1台ですべての撮影を行ったそうです。

ちなみに撮影は、岡田准一さんが手に持っている薄型のDSC-TX7ではなく、もう一つの方のDSC-HX5Vです。
撮影時に岡田さんは「カメラが小さいので、撮られている感覚が違う」と戸惑ったと言います。

私は、このコメントに非常に関心を持ちます。
1955年に制作された岩波映画の「教室の子どもたち」と言うドキュメンタリーでは、東京の下町の、小学校2年生の授業風景を生き生きと捉えた作品と評価されています。

監督の羽仁 進氏は、制作サイドの隠し撮りの提案をを拒否して、子供たちが教室に据えられたカメラやスタッフを意識しなくなるまで、十分な時間をかけてこれを撮り上げたと言われています。

当てられて困ってしまう子供、好き勝手にふるまう子供、椅子から離れて遊び歩く子供。
子供たちが一心に教科書を読み、黒板を見つめる姿などが表現されているそうです。


(このyoutube動画の4分43秒以降に紹介されています。)

カメラの小型化や感度の向上は、先のキャノン7Dでも取り上げたように照明も含めると「撮る側」と、「撮られる側」の意識に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
このような著しいハードの進化から、新しい時代の斬新なドキュメンタリーが生まれて来るような気がしてなりません。

岡田准一さんは撮影後のプレビュー画面を見て「すごくきれいですね」とフルハイビジョン動画機能に感心していたといいます。



メイキング映像がメーカーサイトにありました。
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メーカーサイト

さて、このDSC-HX5Vと言うコンパクトデジタルカメラ、どんなカメラか調べてみると
3810


SPEC
●撮像素子:1/2.4型総画素数約1060万“Exmor R” CMOSセンサー
●レンズ:ソニー「Gレンズ」光学10倍ズーム F3.5(W)-5.5(T)f=4.25-42.5mm (25-250mm)
●液晶モニター:3.0型ワイドTFT LCD(約23.0万)「クリアフォト液晶」
●記録メディア:メモリースティックデュオ”、“メモリースティックPROデュオ”“メモリースティックPRO-HGデュオ”、SDメモリーカード、 SDHCメモリーカード
●外形寸法:102.9W×57.7H×28.9Dmm(突起部含まず)
●質量:約170g

詳しいレビューは、それぞれのサイトでごらん頂くとして、最後にDSCーHX5Vで撮影したyoutube動画を紹介して、ごらんになる方それぞれにレビューなさって下さい。




大阪から発信!!楽しみなアジアン映画祭2010

来週、3月6日(土)から14日(日)まで、ABCホールをメイン会場として、「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」をテーマに『大阪アジアン映画祭2010』が開催されます。

あしあ




日本初上映の話題作も12本もあり、大変楽しみです。
例えば、香港ジョニー・トー監督「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」とか、韓国・日本の合作「東京タクシー」キム・テシク監督、日本からは山崎裕監督のデビュー作「トルソ」が出品されています。

マレーシアの北野武といわれるアフドゥリン・シャウスキ監督・主演の「パパドム~パパの味~」や
フィリピン版「恋する惑星」という青春映画「見捨てられた青春」ジュゼッペ・ベード・サンペドロ監督等も面白そうです。

3月6日土)と7日日)には大阪歴史博物館でプログラム「おおさかシネマフェスティバル2010」が開催されます。

6日(土)は、森繁久弥追悼特集として「喜劇 駅前競馬」作家の藤本義一氏のトークを挟んで、午後からは「暖簾」が、そしてもう一つの楽しみは、山田洋次監督が客員教授を務める立命館大学とコラボで撮った「京都太秦物語」も上映されます。私は昨日、早速チケットを購入しました。

翌7日(日)には、年間に大阪で上映された映画の中から、大阪の映画関係者&映画ファンが選ぶ「おおさかシネマフェスティバルベストテン作品賞&個人賞」の表彰式と優秀作の上映会が行われます。

それから、3月12日(金)には、16:30から九条のシネ・ヌーヴォで、「アジア映画のさらなる交流へ~ロケ地としての大阪の可能性~」と題してシンポジウムも開催され、これにも私は行く予定をしています。

パネリストは、パク・カンスさん(釜山フィルムコミッション代表、映画監督)   
       キム・テシクさん(『東京タクシー ディレクターズ・カット版』監督)   
       寺脇研さん(ジャパン・フィルムコミッション理事長、京都造形芸術大学教授)   
       吉村誠さん(映像産業振興機構〔VIPO〕大阪事務所長、宝塚造形芸術大学教授)
       司会 上野昂志さん(批評家、映画評論家)

で、ロケ地としての大阪・関西の可能性について、どのような議論がなされるのか、興味津々です。

又、3月13日(土)には、「アジアの監督たちと行く中之島クルーズ」が企画されていて、朝日放送新社屋前の「ほたるまち港」から中之島を一周する楽しい船旅です。

船内で大阪アジアン映画祭に参加したゲストたち(映画監督等)との交流の集いだそうで、これも申し込みました。

その他にも、時間があれば出来るだけ、作品を見たいと思っています。

大阪からアジアの映画文化を発信!!
今から楽しみなアジアン映画祭2010です。
asia


詳しくは

大阪アジアン映画祭2010

箱庭文化的写真術

先月、滋賀県長浜市で行われている「盆梅展」を見てきました。ついでに鴨鍋も食べて来たのですが、これがなかなか旨い。日本酒と合ってグッドです。

その時、箱庭文化と言う言葉を思い出しました。
そういえば子どもの頃、母親がデパートで田舎の古民家のミニチュアや橋などを買って来たのを、一緒に創った記憶があります。
それは、コンクリートで出来た流し台の古いやつに、小さな木や人形のほか、橋や船などを配置して一つの景観を構成するものでした。

箱庭

調べてみると、江戸時代後半から明治時代にかけて流行したそうです。
よく似たものに盆景、盆栽があります。盆梅もその一種に思います。

テーマパークにも、そうした日本人の好みが出ていて、ハウステンボス、伊勢志摩スペイン村、ポルトヨーロッパ、淡路島おのころランド等々箱庭的テーマパークがたくさんあります。

さて、映像の世界でも、リアルな警官を簡単に箱庭的にしてしまう不思議な仕掛けがあります。
特殊なレンズを使って撮影すると、そうなるようです。
例えば



しかし、このレンズかなり高価だそうで、そう簡単に誰でもできると言うわけには行きません。
そこでネットを色々徘徊していると、静止画で簡単にできるサイトを見つけました。

tilt

tilt shift maker

です。

画面右にある「参照」ボタンを押して、加工したい写真をブラウズします。
そしてアップロードすれば、右側にプレビュー画面が出ます。
左の画面で、見え方を調整して、プレビューボタンを押せば、自分の表現したい「箱庭写真」が、いとも簡単に出来上がります。

後は、自分のパソコンの好きなディレクトリにダウンロードするだけ。

私も試しに幾つかやってみました。

pari
sumiyosi

これ、なかなかおもしろいですよ。
やはり日本人です。
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明日香人

Author:明日香人
各地の棚田保全活動の情報や美しい棚田を紹介してゆきます。

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