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滋賀県高島「畑の棚田」に行ってきました。

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だいぶ前の話ですが、思い立って滋賀県高島の棚田に行ってきました。それは8月のことでした。
標高1000m級の山々が連なる比良山麓に位置するあたりは、標高300~400mくらいだそうで、山腹にすり鉢状に棚田が広がっていました。
今回は、事前に地元の方に連絡を入れずに出かけたので、多分怪しいヤツに見られたかもしれません。

高島2

割合に大きな家々が点在しています。昔は棚田は山頂付近まで連なっていたはずで、きぅと実りの秋には一帯が黄金色に染まったことでしょう。

稲です

ここも早くから棚田オーナー制度を導入して保全活動を続けていらっしゃいました。
高島のオーナー制度の詳細はこちら

高島畑棚田オーナー制度

居合わせた地元の方にお話を伺いました。
オーナー数は減少傾向だそうです。そして作業を欠席するオーナーが増えたとか?
同じような悩みがあるのかな?と思いました。

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新井の棚田

4月29日に、京津府与謝郡伊根町の新井の棚田に行ってきました。
昨年は宮崎の坂本棚田に行き保存会の方に色々お話を伺いました。
今回は伊根町役場の職員I氏が休日を返上して案内してくださいました。

その際のお話の様子や棚田は、次の動画で見てください。



日本海に面したこの地域は嘗て「新井の千枚田」と言われ800枚くらいの棚田があったそうです。
しかしいずこも同じで減反政策や高齢化で耕作を続けてゆくことが困難になり荒廃が進みました。
平成7年に大阪のお米屋さんのグループと地元の方々とで保存会を作って復田に着手して現在25枚の棚田で米を作っています。

棚田の保全活動は各地で行われていますが、そのきっかけや、そこに参画する人たちの思いは様々です。
共通しているのは、都市住民との協働かな?と思います。
さて役場の職員さんにお聞きしたエピソードですが、この棚田の水路を一部役場が負担して整備したそうですが、VP管の水路で写真愛好家の評判が良くないそうなんです。
写真愛好家の気持ちも理解できますが、保全活動をなさっている方々は写真の素材提供が目的でないので随分勝手な言い分だと思いました。

丸山の千枚田(三重県熊野市紀和町板屋)

丸山の千枚田です。
筆者(明日香人)が丸山の千枚田に出かけたのは今から3年半前の2008年12月でした。
熊野古道を旅した時に足を伸ばして観てきました。
丁度ビデオカメラを持って行っていたので撮影もして来ておりまして、編集をしてyoutubeにアップしていますのでご覧ください。



現地で先ず私が驚いたのは、その規模の大きさです。
丸山の千枚田は日本最大級の規模で、当然、日本の棚田百選に選ばれています。
関ヶ原の戦いで功のあった浅野幸長による慶長6年(1601)の検地によれば、7町歩(約7ha)約2240枚の棚田があったうです。

その後、明治時代に11.3haにまで増え、戦後も規模で維持されてきました。
しかし、大抵の棚田がそうであるように、昭和40年代半ば以降、過疎化・高齢化、減反化政策などで不耕作地が増えて最盛期の半分以下の500枚程度にまで減ったそうです。

我が明日香でもそうでしたが、先祖から受け継いだ土地であり、文化的景観でもある棚田を、草山や杉山にするわけにはいかん!!!
地元の農民と紀和町が立ち上がり、地道な復旧作業の末、現在では1000枚以上の復田したそうです。

丸山

京阪神からは少し遠いですが、一度出かけてみてはいかがでしょう。
丸山の千枚田について詳しくはこちら丸山の千枚田





坂元棚田(宮崎県日南市)

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昨年9月、私(明日香人)は宮崎県日南市の坂元棚田を訪ねてみました。
坂元棚田は、宮崎自動車道の田野ICから県道26号線を走ること小一時間の宮崎県日南市酒谷坂元にあります。
事前に棚田保存会事務局のサカモトさんにお電話をしていたので、激しく雨が降りしきる中を近くまで迎えに来てくださって棚田を案内して頂きました。

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サカモトさんによりますと、ここの棚田は元は茅場だったそうです。
茅場とは集落の家の屋根を葺く茅を刈る場所のことで、その茅場が棚田へと変わっていったそうです。
棚田になったのは昭和の初めで、国の補助事業を導入して大正の末頃から測量が始められて、昭和3年から造成工事が始まりました。
そんな訳で、地元の人たちはつい最近まで「新田」と呼んでいたそうです。
昨今、棚田と言う言葉が広まり最近になって「棚田」と言うようになったそうです。
この棚田の特徴は、写真のように1枚辺り5アールの面積やあぜ道の幅などすべてがきっちり整備されている点です。非常に整然とした美しさがいいですね。これは馬耕を前提に設計されたとの事。


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造成工事は5年の歳月と高額の費用をかけて昭和8年8月に約100枚、5ヘクタールの棚田が完成しました。

石墨

石積みは当初、専門の技術者を入れて工事は始まったそうですが、工事が進むと地元の人々も見よう見まねで石積みしたそうです。
サカモトさんのお義父さんも小学校時代には、学校から帰ると直ぐに石積みの手伝いをしたと言うのを聞いたと話してくださいました。
地元の人たちが、それこそ家族総出で新田の完成を目指したのでした。

しかし、現在では地元農家、十数戸が約70枚、3.5ヘクタールの水田を耕しているだけとなっています。
農林水産省は平成11年7月にここを「日本の棚田百選」に認定しました。
保存会では、この美しい棚田を守るために棚田オーナー制度を導入して、都城や宮崎市の住民とともに保全活動をしています。
その活動は例えば農閑期にレンゲを蒔いたり、毎年4月の第二週の土・日曜日には棚田一面がれんげの花で彩られる「棚田まつり」などを開催しています。

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昭和初期に大変な労力とお金をつぎ込んで作った新田も今では維持が困難になってきています。
保存会の皆さんには是非頑張って頂きたいと思います。
志を同じくするものとして心からエールを送ります。
棚田の後方にはきれいに手入れされた杉林(飫肥杉)が広がっています。
なかなかこんな景色は見当たりません。皆さんも是非一度行ってみてください。

ホームページをリニューアル致しました。

お詫び


NPO法人明日香の未来を創る会 事務局広報担当の濱田でございます。
当法人HPの制作・管理を担当しております。

このたび小生のPCが機嫌を損ねまして、HPのデータが消滅してしまいました。
新年度を迎えて、色んなことをお伝えしないといけないというのに、誠に申し訳ありません。
バックアップデータをとっていなかったという、二重の不手際で、何とも言葉もございません。
取り急ぎ、リニューアルを兼ねて、未だ完成にはほど遠いのですが、ひとまず公開致します。
今後、鋭意更新して参りますので、引き続きご覧ください。
プロフィール

明日香人

Author:明日香人
各地の棚田保全活動の情報や美しい棚田を紹介してゆきます。

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